今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。
今回取り上げたのは1967年で、10本の作品が3.0点以上でした。
10位 夜空に星のあるように 3.0
社会派の名匠ケン・ローチの長編監督デビュー作。
若くして結婚と出産を経験した女性が貧しいながらも懸命にたくましく生きていく姿を描く物語です。
盗みを生業としていることが大した問題に感じないほど妻への態度が酷い夫の描写がリアルゆえに強烈で、憎たらしいその存在が主人公の運の悪さ、境遇の不憫さ、判断力の低さといった堕ちる要因を浮き彫りにします。
それでも堕ちていくことを自覚しない主人公の図太さが良く、行きずりの男たちに身を任せながら比較的穏やかな別のクズ男に安らぎを得る様は哀れながらカッコ良くも見えました。
サイレント映画のように状況や感情説明テロップを入れる演出もユニークでした。
終盤の展開はリアリティとしては説得力抜群なものの、ストーリーの着地点としてはやや物足らず、どん底か希望かをもう少し仄めかしても良かったと思いました。
9位 招かれざる客 3.0
社会派監督として知られたスタンリー・クレイマーによる人種差別問題をテーマとした家庭内ドラマ。
娘が結婚相手として連れてきたのが黒人男性であったことで葛藤する夫婦を描いた物語です。
ニューシネマの風が吹き荒れていた時期に制作されたにしては50年代を引きずったようなクラシカルな作りに古臭さが否めませんが、一方で公民権運動の熱が冷めやらぬ時期でもあることを考慮すると内容としてはかなり攻めたものであったのは間違いありません。
黒人視点で白人の差別意識を糾弾するのではなく、双方の両親が困惑する姿や周囲の人々の反応を描くことで、穏やかな表面の下にも潜む根源的な人種間の壁を炙り出すことに成功しています。
当人たちが基本的には成り行きに任せるようなスタンスであることはドラマとして少し物足りませんし、ラストの演説は説教臭い気もしましたが、人種問題を別としても考えさせられる部分の多い作品であることは確かでした。
8位 暗くなるまで待って 3.0
同名の戯曲を007シリーズの初期作を手がけたテレンス・ヤングがヘプバーン主演で映画化した密室サスペンス。
ヘロインを隠した人形を偶然手にしてしまった盲目の女性とそれを取り返そうとする悪人たちのスリリングな攻防を描く物語です。
ナイフや銃も出てくるのですが、むしろサスペンスを生み出しているのはブラインドや冷蔵庫など日常的なアイテムというのがおもしろかったです。
盲目という設定を活かした明暗の使い方もうまく、周到に張り巡らされた伏線を華麗にというよりさり気なく拾っていくのも憎い演出でした。
悪人たちの作戦は不自然に遠回りな気がしますし、主人公の行動にも説得力不足が否めない部分はあるのですが、シチュエーションものの古典として十分に楽しめました。
7位 自然の歴史(組曲) 3.0
シュヴァンクマイエルによる標本を使ったコマ撮りアニメーション。
学術的な雰囲気かと思いきや、貝に始まり昆虫、魚と様々な生物がリズミカルでユーモラスな編集で繋がれていくのはおもしろかったです。
そしてお馴染みの食への嫌悪感を各章のオチとして使うのも、研究という形と肉食という形がそれぞれ持つ人間の傲慢さを繋ぎ合わせているようで皮肉が効いていました。
6位 火事だよ!カワイ子ちゃん 3.0
チェコスロヴァキアの名匠ミロス・フォアマンが活動拠点をアメリカに移す前の最後の作品。
消防士たちが開催したダンスパーティーで巻き起こるドタバタを描くコメディです。
とにかく段取りの悪さが極まっており、中年団員たちが元署長への記念品の贈呈役を選ぼうとミスコンを催すも、一向に出場者が集まらずに右往左往する様がくだらなくて笑えました。
当時の共産主義社会への風刺劇と聞くと小難しそうですが、前作よりもかなりストレートなギャグが多いので素直に楽しかったです。
5位 夜の大捜査線 3.5
ハリウッド初の黒人スターとして知られるシドニー・ポワチエの代表作。
南部に根強く残る人種差別をテーマにしながらも、殺人事件の謎を解き明かしていくミステリーが複雑すぎない程良い具合でストーリーをリードしてくれるので、安定して楽しめました。
メインの二人が人種の壁を乗り越え、互いを保守的な南部の白人と北部から来たエリート黒人としてではなく、一人の人間として信頼していく過程はあまりに楽天的な気がしてしまいましたが、フィクションとしては期待通りの展開を提供してくれます。
魅力的な主人公を演じたポワチエがオスカーにノミネートすらされなかったことは、同年の他の出演作へ票が分散した為と解釈できても、今作で一番上にクレジットされた紛れもない主演俳優を差し置いて、粗野ながら憎めない署長を演じたロッド・スタイガーが助演ではなく主演男優賞でオスカーを得ていることは、確かにそのパフォーマンスは素晴らしかったにせよ、作中のどのシーンよりも示唆的な事実である気がしました。
4位 昼顔 3.5
スペインの鬼才ルイス・ブニュエルの代表作となったエロティックなドラマ。
美しく貞淑な妻の中には聖人のような夫では満たされないマゾヒスティック欲望が渦巻いており、刺激を求めて昼間だけ娼婦として働き始める物語です。
キリスト教的道徳観から逸脱する人間の秘めたる欲望というテーマも、時折差し込まれるシュールな夢と妄想も、いかにもブニュエルらしい要素なのですが、それをうまく娯楽性のあるストーリーの中に落とし込むことに成功しています。
倒錯した性的欲求がいくつも登場する本作において、絹のような肌のカトリーヌ・ドヌーヴの膝から下を映し出すことに異様に執着し続けるカメラワークに一番の変態性を感じました。
ストーリーにはやや物足りなさを感じるものの、妄想と現実の境界が曖昧になっていく終盤のラストシーンに至るまでの流れは素晴らしかったです。
3位 ウィークエンド 3.5
商業映画からの決別を宣言する前の最後の作品として知られるゴダール流の不条理ロードムービー。
週末に車で田舎へと出かけた夫婦の身に次々と奇妙な出来事が降りかかる物語です。
脈絡のないシュールな展開の連続の中に俗物的なブルジョアへの批判が込められたブニュエル風の前半が素晴らしく、物語とゴダールの相性の悪さがかえって良い方に出ていた気がします。
ルイス・キャロルの件のあたりまではブラックユーモアが冴えていましたが、徐々に抑えきれなくなった政治的主張が出てしまい、終盤はややトーンダウンでした。
それでもエグい結末はインパクトがありますし、この路線のゴダールをもっと観てみたいと思いました。
2位 俺たちに明日はない 4.0
実在した強盗のボニーとクライドを描いた犯罪映画の名作にして、アメリカン・ニューシネマという言葉を生むことになった記念碑的作品。
前半はカントリー調の音楽に乗せてテンポ良く犯行を重ね、犯罪者とは思えぬ親しみやすさで貧しい人々を虜にしながら仲間をふやしていきます。
一転、後半では包囲網が敷かれ、どんどんと閉塞感が増していきます。
ボニーの母が言うように、明るい未来などありえないのに、それに目を背けるように2人は平穏な暮らしを夢見ます。
ピュアゆえに社会の枠からはみ出した若者の体制への反攻は、幸せな結末にはならないことが約束されているからこそ、その刹那的な輝きに人々は魅了されるのかもしれません。
1位 卒業 4.5
ストーリー自体はうだつの上がらない青年と欲求不満の人妻によるおもしろみのない不倫劇であり、女々しく身勝手な主人公には感情移入もしづらい作品です。
しかし、閉塞感漂う時代の雰囲気を若者のモラトリアムに落とし込み、強烈なメッセージを放ちながらも小難しい要素が一切ないバランス感覚は見事です。
未来に向けて進むほど、世界は広がるどころか限定的になっていき、人生は退屈なものになっていく。だから抗いたいけれど、何に抗えばいいのかすらよく分からない。十代の終わりと共に訪れるそんな感覚を巧みに映像化しています。
花嫁強奪シーンがあまりにも有名ですが、注目すべきはその後で、バスに乗り込んでからのシーンこそ映画的な表現のお手本とも言える名シーンです。カットのつなぎ、2人の表情の変化と視線の動き、前に向き直すまでの間と音楽がかかるタイミング。それら全てが完璧に調和して、作品としてのメッセージを雄弁に物語りながら一つの結論を出してくれています。
いかがでしたでしょうか。
1967年はアメリカンニューシネマと呼ばれた作品群が公開されハリウッドの作品作りの根底が揺らいだだけでなく、当時の人種問題が反映された作品がオスカーを受賞するなどアメリカ映画界にとって激動の年でした。
次回の記事では、1973年を取り上げます。
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