今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。
今回取り上げたのは1975年で、9本の作品が3.0点以上でした。
9位 スタッフ 3.0
テレビ用に制作されたキェシロフスキ初期の中編。
劇団の裏方として働き始めた青年が内部の対立に巻き込まれ幻滅する姿を描き、複数の映画祭で受賞を果たした作品です。
前半は衣装係の青年を中心とした裏方の人々の仕事ぶりや何気ないやり取りの描写で退屈ですが、中盤の、事件後は一気に話が展開しておもしろかったです。
社会の汚さ、大人の狡さに引き裂かれる終盤は胸が痛く、ドキュメンタリーからフィクションへの移行を試みていたキェシロフスキが、メッセージを物語に乗せる方法を身に付けたことが感じられました。
対等なはずの劇団内にある格差や管理者の振る舞いを社会主義国家の縮図として見ることはもちろんできますが、アートに魅了された純粋な青年に現実が突き付けられるほろ苦い青春映画としてうまくまとまっていたと思います。
8位 さすらい 3.0
ヴェンダースの名を世界に知らしめたロードムービー三部作の最終作。
映写機の修理士として自由気ままに生きる男と別れた妻への未練を断ち切れない男が出会い、共に旅をする物語です。
空間を移動し続けるロードムービーですが、むしろ時間の経過を強く意識させられる作品でした。
時には文化を廃れさせ、思い出に埃を被せる残酷さもあれば、壊れた関係を修復する優しさもあることが、出会い別れる人々の関わりから浮かび上がります。
2人の移動が止まると作品自体も停滞し退屈に感じる場面もありましたが、それも含めて身を委ねるべきロードムービーの1つの完成形を楽しめました。
7位 JAWS/ジョーズ 3.5
スピルバーグの名を世界中に知らしめた動物パニック映画の名作。
後にいくつもの模倣作品が製作されましたが、このジャンルの最高到達点として一線を画しています。
サメのハリボテ感やテンポが良いとはいえないストーリー展開など、気になる点がないわけではありませんが、単なるパニックムービーに終わっていないところにこの作品の価値があります。
男たちそれぞれの葛藤や決意と関係性の変化を描いた人間ドラマ、ヒッチコック直系のサスペンス演出、印象深い音楽といった要素が今でも観客を惹きつけ続けているのだと思います。
6位 アデルの恋の物語 3.5
フランソワ・トリュフォーによるフランスが誇る大女優イザベル・アジャーニの出世作。
文豪ユーゴーの次女アデルがイギリス人中尉を欲するあまり愛とエゴを混同し、その執念をエスカレートさせていく物語です。
嘘まみれの言動が度を越してはいても常軌を逸するほどではないのが非常にリアルで、周到なように見えて感情的に動くため案外幼稚というこの手の人間の思考が見事に表現されていました。
美人に迫られ何が嫌かと思いがちですが、どんなに美しい外見でも当事者には怪物のように思えているのがよく分かる対応も納得感がありました。
サイコスリラーと哀しいロマンスの間を行く絶妙なバランスが素晴らしく、それを中途半端と思わせない説得力を生んだのは事実に基づくという注釈ではなく、まだ若いアジャーニのパフォーマンスであるのは驚異的でした。
5位 狼たちの午後 3.5
社会派で知られるシドニー・ルメットが実際に起きた銀行強盗事件をドラマ性を極力排して描いたクライムムービーの秀作。
実直に描きすぎているので、物語としては正直退屈です。主人公たちはあっさりと包囲され、そこから事態が好転することなく、あっけない結末を迎えます。
それを丁寧な再現ドラマと言ってしまえばそれまでですが、特に強くも賢くもない主人公の不思議な魅力のおかげで、ストックホルム症候群を擬似体験できるおもしろさがあります。
妻ともパートナーとも母親とも分かり合えていなかった主人公。一部の群衆に熱狂的に支持され、人質とも打ち解けたと思いきや、取り押さえられる自分の方を振り返る人はいません。
作中で誰もが求め、舞い上がっていた周囲からの注目。その虚しさに気がついた悲しく寂しいラストシーンでした。
4位 サスペリア PART2 3.5
商業的目的で名付けられた邦題以外は関係のない次作「サスペリア」と並ぶアルジェント初期の代表作。
とはいえ、原色を多用する強烈な色彩、真上から打ち下ろしたり極端にクローズアップしたりと遊び心にあふれすぎている独特なカメラワーク、ミステリアスなストーリーの中に散りばめられたスプラッタ描写、そして異様な存在感を放つゴブリンの音楽と「サスペリア」に共通するスタイルが多く見られ、アルジェント印を確立した作品と言えるのかもしれません。
ミステリーとしては物語の推進力が弱い気がしますし、主人公とそのパートナーとなる女性記者のコミカルなやり取りも冗長に感じましたが、それを補って余りあるいくつかのショッキングなシーンとインパクトのあるビジュアルが魅力的でした。
3位 Tommy/トミー 4.0
イギリスのロックバンド ザ・フーの同名の名作アルバムを本人主演で映画化した本作。
子どもの心を踏みにじる大人のエゴ。英雄を祭り上げ勝手に幻想を抱く大衆のエゴ。それらがトミーの数奇な運命を軸に描かれます。
意味不明で自己満足に陥りがちなシュールな映像表現。感情や内面の葛藤を歌にのせて説明することで興ざめな事態になりがちなミュージカル。それらを組み合わせることで欠点を打ち消しあい、トリッキーな展開にも関わらず観客を置いてけぼりにしていない音楽映画の傑作となっています。
目を疑うほど豪華な出演者にも注目です。
2位 バリー・リンドン 4.5
バリー青年の人生の浮き沈みを淡々と描いた物語。
3時間の中でそれなりに劇的な出来事は起こりますが、さほど盛り上がる展開は起こりません。
しかし彼より波乱万丈な人生を送っている人がどれだけいるか?と考えると、そうはいないはず。
「美しい者も醜い者も今は同じ。すべてあの世。」このラストの一節は、ドラマチックな人生も、他の誰かにとっては取るに足らない退屈なものだと言っているようです。
1位 カッコーの巣の上で 4.5
アメリカン・ニューシネマの時代の末期に制作され、アカデミーで主要部門を独占した名作。
厳しい管理体制が敷かれた精神病院において、主人公の型にはまらない振る舞いが自由という劇薬として、主体性を失っていた患者たちを感化していく物語で、誰に対してもフラットに接する主人公には好感が持てました。
キャラクターの描き分けが素晴らしく、主人公はもちろん敵役である婦長、そして患者たちも魅力的で、善悪や正常異常では簡単に片付けられない要素をそれぞれが備えています。
短いエピソードを積み上げるストーリー構成によって、彼らのわずかな変化を際立たせることに成功しており、自らの意思を持って行動を起こすこと、やりもせずにあきらめないこと、難しくてもチャレンジすること、そんな前向きなメッセージと同時に、真の意味での自由とは何か?自由であることは幸福なのか?という単にポジティブなだけではない投げかけもあり、それが作品に深みを与えています。
自由を求める反抗は、たとえ権力によって捻りつぶされたとしても、絶えず沸き起こり続けることを示唆するような結末は、間も無く訪れるハリウッドにおける反抗の時代の終焉を暗示しているような気がしました。
いかがでしたでしょうか。
1975年は強烈なメッセージ性を持った巨匠たちの傑作が生まれた年でした。
次回の記事では、1968年を取り上げます。
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