今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。
今回取り上げたのは1976年で、8本の作品が3.0点以上でした。
8位 マラソン マン 3.0
「真夜中のカーボーイ」の監督主演コンビによるもう一つの秀作。
マラソンが趣味の大学院生がナチスの残党による犯罪計画に巻き込まれていく様を描いたサスペンスです。
状況設定が整うまでに40分はさすがに構成ミスな気がしないでもないですし、趣味で身につけたスタミナが役に立つ場面は一応あるものの、ストーリー上なくても困らない程度なのはもったいなかったです。
しかし人が死ぬシーンはいずれも中々にショッキングで、それゆえにいつ命を狙われるか分からない緊張感が持続して飽きることなく楽しめました。
名優ローレンス・オリヴィエ演じる悪役は雰囲気のある良いキャラクターだったのですが、最終的な目論見のスケールが小さく感じられるのは拍子抜けでした。
ダスティン・ホフマンもロイ・シャイダーも顔に似合わぬ肉体美だったので、もっとアクション的な見せ場を増やしても良かった気がしました。
7位 Klaps 3.0
ドキュメンタリー出身のキェシロフスキがフィクションに乗り出した頃の作品「傷跡」の本編からはカットされたカチンコの部分をテンポ良く繋ぎ合わせた短編。
ドキュメントには当然カチンコも演技もなく、今作でカチンコの合図と共にスイッチが入って芝居を始める役者の姿は違和感のあるものだったのかもしれません。
キェシロフスキ史上最もリズミカルな編集と言え、映画におけるのりしろであり、いわば本編には必要のない切れ端の部分でこんなにもおもしろい短編を作ってしまうセンスが素晴らしいです。
自身のメッセージやイメージをフィクションの映像世界の中でいかに具現化するかという取り組みに対するキェシロフスキの苦闘の産物としては、「傷跡」本編よりもむしろおもしろく、後に「アマチュア」として結実するテーマの発見だったようにも感じました。
6位 ロッキー 3.0
観客へ諦めずに挑戦し続けることの素晴らしさを伝える感動のスポーツドラマとして、有名な音楽の数々とともに広く受容されている名作。
公開当時、アメリカン・ニューシネマの流行による10年間の自己破壊の末、若者の社会への反抗が虚しく敗れ去る物語に観客は飽き飽きしていたそうです。
ベトナム戦争の終結と建国200周年のお祝いムードの中、陰鬱な物語よりも、たとえ敗れたとしても挑戦すること自体が大切なのだと肯定的なメッセージを発する今作が歓迎されたのは自然な流れだったのかもしれません。
その意味で、ニューシネマの時代を終わらせたハリウッドの転換点を象徴する作品の一つです。
5位 トリュフォーの思春期 3.5
トリュフォーが子どもたちの姿をスケッチするように描いた群像劇風の物語。
思春期にさしかかる子たちの憎たらしくズル賢いイタズラや甘酸っぱい初恋の話の中に、幼児のかわいらしく無邪気ゆえに大人を驚かせるエピソードが混じり、子どもへの愛情の眼差しを感じられます。
そのほのぼのとした雰囲気の中で際立つ存在感を放つ不良予備軍の少年がおり、親ほど歳の離れた女性のための花束を抱えるトリュフォー作品を象徴するような少年とすれ違ってからのラスト20分はその2人の対比にフォーカスされていきます。
子どもは親を選べないからこそ大人には重大な責任があることを強烈に示しつつ、その後のラストシーンのチョイスにはトリュフォーの優しさが込められている気がしました。
4位 イレイザーヘッド 4.0
カルト映画の代表格として名高い鬼才デヴィッド・リンチの長編デビュー作。
強烈なビジュアルと工場にいるような環境音が印象的です。
説明不足で難解な作品に思えますが、望まぬ形で生まれた子どもと止まぬ泣き声、隣で眠る女が歯を噛み鳴らし目をこする音が象徴するストレスフルな共同生活、そんな悪夢のような現実を誇張したストーリーに悪夢そのもののイメージを混ぜ合わせて描いたものだと捉えると、どの場面が悪夢そのものなのかさえ見分ければ、セックスレスとワンオペ育児によるノイローゼというシンプルな物語が浮かび上がります。
夢を持った若きアーティストにとって、妻子を持って守るべきものを得ることは、幸せや喜びではなく、むしろ足枷であり悪夢なのだという叫びが聞こえてくるようでした。
終盤の悪夢の表現は意識の飛躍が場面の転換に見事にリンクしていて素晴らしかったです。
3位 キャリー 4.0
モダンホラー小説の巨匠スティーブン・キングのデビュー作にして初の映像化作品となった青春ホラーの傑作。
狂信的な母に育てられ、学校では周囲から浮いた存在のキャリーにはテレキネシス的な不思議な力がありました。
周りの子たちと同じように、普通に恋をして、メイクをして、オシャレをしたい。
そんなささいな望みが招く悲劇には恐ろしさよりも哀しさが溢れています。
有名なバケツのシーンでのサスペンスフルなカット割りが素晴らしく、幸せの絶頂からどん底へと突き落とされるまでの緊張感を一気に高めてくれます。
母からの抑圧、学校でのイジメ、そしてキャリーの力、それらの要素が見事に集約されて爆発する阿鼻叫喚のクライマックスは壮絶かつ美しく、映画史上に残る名シーンとなっています。
2位 ジョン・カーペンターの要塞警察 4.0
当時まだ20代のジョン・カーペンターが放った傑作アクションスリラー。
建物に立てこもり外敵と戦うプロットは目新しくなくシンプルそのものなのですが、ホークスやヒッチコック、ロメロといった巨匠たちの50〜60年代の作品をうまく吸収して独自のスタイルを既に確立しています。
中盤以降意図的に没個性化されたギャングたちが暗闇の中からじわじわと忍び寄って来る恐怖演出は実に映画的で、何を映し、何を映さなければ観客にどんな感情を抱かせるのか、若くして心得ているカーペンターの演出は驚異的でした。
アクション、ロマンス、ユーモアと娯楽作品として期待される要素を程良くミックスさせるバランス感覚も素晴らしかったです。
低予算であることが如実に影響してしまったクライマックスの地味さが残念でしたが、締め方がスマートで良かったです。
1位 タクシードライバー 4.5
孤独な男の屈折した思考と感情の行方を描いたスコセッシ初期の代表作であり、アメリカン・ニューシネマ末期の傑作。
主人公の満たされない思いが静かな怒りとなって暴発するまでが、ヒリヒリするほど痛々しい描写で語られていきます。
女性を誘った時の滑稽な顛末は、天使か娼婦、あるいはその両方という極端な女性観しか持てずに未成熟なまま歪んでいった主人公を象徴していました。
明らかに病的な精神状態の彼が期せずして英雄に祭り上げられ、世に放たれる皮肉な結末は人間が作り上げる社会の仕組みが不完全であることを物語っているかのようです。
いかがでしたでしょうか。
1976年はニューシネマの時代末期のアメリカ映画界でスリリングな名作が多く生まれた年でした。
次回の記事では、1986年を取り上げます。
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