映画公開年別マイベスト 1960年

映画年別マイベスト

今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。

今回取り上げたのは1960年で、8本の作品が3.0点以上でした。

8位 太陽がいっぱい 3.0

アラン・ドロンの出世作として知られる名作クライムサスペンス。
裕福な友人になり代わって全てを手に入れようとした青年の顛末を描いた物語です。
立場と環境の差から嫉妬が蓄積され殺意へと育っていく序盤は動機付けとして説得力があり、大胆ながら用意周到な犯行の手際の良さも観客の視点を主人公に重ねさせる効果があったと思います。
魅力的な主人公に気持ちが寄り添うほど、サスペンスシーンでのスリルが増し、結末のショックも増幅していた気がします。
しかし二人の差をあまりに露骨に描いてしまっているので、分かりやすくなる反面、その関係が親友と言うより初めから悪友に見えてしまうのが残念でした。
悪気のない行為や態度の積み重ねによって感情が微妙に変化していく丁寧な描写があれば、ドラマとしてもっと見応えがあった気がしますし、結末のやるせなさも胸に沁みたように思います。

7位 白い鳩 3.0

フランチシェク・ヴラーチルの長編監督デビュー作。
寓話のような物語で、伝達がテーマとして置かれている印象でした。
連絡、表現、祈りなど、メッセージを発信して伝達することにも意味は様々で、今作ではそれぞれの伝達において鳩がその媒介となっています。
鳩が飛び立った後の空をゆっくりとパンしていくラストカットにおいても、わざわざ屋上に設置されたアンテナをいくつも映り込ませていることが象徴的でした。
映像で語るスタイルによってセリフの数は絞り込まれ、それゆえ呼びかけられる名前に自然と注目が向くしかけも巧みでした。
神のごとき者を意味する大天使ミカエルの名を持つ少年は高所から堕ちて自由を失います。
そんな車椅子の少年を迎えに来るものの、部屋の中にまで入ることのない双子は伝道師と同じ名のペテロとパウロと呼ばれ、鳩に襲いかかる黒猫はサタンの名を与えられています。
マグダラのマリアと共にイエスに仕えた女性と同じ名を待つ少女スーザンは、鳩の帰りを祈るように待ち続けます。
傷ついた鳩がミカエルの元で傷を癒やし、再びスーザンの元へと戻る手助けをするのが芸術家であるという設定に、監督の表現者としての使命の投影を見た気がしました。

6位 ビリディアナ 3.0

カンヌでパルムドールを受賞し、当時フランコ政権から上映禁止処分を受けながらも後にスペインの映画雑誌で史上最高のスペイン映画に選ばれたブニュエル中期の代表作。
修道院でシスターとして育った主人公が叔父の家を訪ねたことから俗世の欲望に侵されていく物語で、キリスト教批判が代名詞のブニュエル作品の中でも特に露骨で、物議を醸したのも納得でした。
主人公の善意や奉仕の精神は徹底的に踏みにじられ、そこに神の救いの手が差し伸べられるどころか、最後には俗世の側に突き落とすという容赦の無さが素晴らしかったです。
お祈りを工事作業で途切れさせる編集のセンスや、ヘンデルのメサイアもダヴィンチの最後の晩餐もブラックジョークのネタにしてしまう演出力が凄まじかったです。
ただストーリー的には中盤やや停滞した印象で、もう一捻りほしいところでした。

5位 アパートの鍵貸します 3.5

ストーリーテリングの達人ビリー・ワイルダーによる傑作ラブコメディ。
保険会社で働くアパート暮らしの主人公が自らの部屋を不倫をする上司たちへホテル代わりに貸し出し、まんまと出世するものの、恋心を抱いていたエレベーターガールと上司の関係を知ってしまったことから切なくも可笑しい状況へと陥っていきます。
シチュエーションの設定が抜群で、ほとんどそれ一つだけで全編通してしまえるのは流石でしたが、さすがに後半は展開不足な気もしました。
とはいえ、その後何十年も使い回され続ける基本フォーマットの一つを作り出した発想力、小道具を活かした語り口の妙、程よい塩梅の落とし所は観ているだけで心地良いものでした。

4位 情事 3.5

行方不明になった妻、今目の前にいる女。揺れるでもなく手の届く愛へと流れていく哀れな男。
行方不明になった親友、今目の前にいる男。揺れながらもそこにある愛に流されてしまう哀しい女。
人間の感情などあてにならないと先に気が付いていたのは女の方でした。虚しさにしかたどり着かないと分かっていながら、目の前にある愛を求めてしまう悲劇を描いたアントニオーニ初期の代表作。
話のテンポが遅く、モタつき感は否めませんが、ふんだんに盛り込まれたアントニオーニ的要素は必見です。

3位 処女の泉 3.5

清らかな少女が無惨に犯され撲殺されるショッキングな描写が公開当時物議を醸したという、スウェーデンの巨匠ベルイマンの代表作。
現代の目ではその描写よりもむしろ神の沈黙と称された救いのないストーリーの方がショッキングで、「不良少女モニカ」を思わせる奔放で反抗的な黒髪の女の存在が訪れる悲劇の理不尽さを際立てていました。
欲に任せて罪を犯す男たち、傍観していた少年と黒髪の女、怒りのままに復讐を遂げる父親、誰に罪があり、どんな罰がふさわしいのか、神が裁きを下さない時に人間はどんな判断をすべきなのか、シンプルながらいくつもの問いかけを内包したストーリーは味わい深かったです。
奇跡のように湧き出る水に救いを見出せた者はまだ幸いで、父親の立場ならば、無力な存在を示すくらいならいっそ不在でいてほしかったとも思え、解釈の幅を持たせた結末も良かったです。

2位 勝手にしやがれ 3.5

パンクロックの始まりはセックス・ピストルズではないけれど、パンクが世間的にブレイクした瞬間を思い起こす時、誰もが想起するのは「勝手にしやがれ」であるように、奇しくもこの邦題の引用元となった今作は、ヌーヴェルヴァーグの始まりではないけれど、それを世間に広く認知させた作品として、そのジャンルのイメージを象徴している記念碑的作品です。
幼稚な態度にキザなセリフ、そして親指でくちびるをなでる仕草と主人公のキャラクターがとても魅力的です。
ストーリーはなんてことのないノワールもどきですが、撮影方法や編集に遊び心があふれており、カメラ目線での語り、有名なジャンプカット、歩き回る主人公をぐるぐると動きながらとらえた長回しと今観ても目を引くような映像が楽しめます。
それらはいかに存在感を出さないか、観客に作り物であることを思い出させないかが目指すべきところだった従来の映画文法を無視したものであり、映像作家の芸術家としての自己主張である点に価値があるのだと思います。

1位 サイコ 4.5

その名の通りサイコスリラーと言えばコレというくらい、一つのジャンルを確立した名作です。
疑心暗鬼を巧みに映し出す心理描写でサスペンスフルな展開を見せる前半、ミステリアスな要素が増えてきて謎が深まる中盤、そしてショッキングな結末と物語の構成がすばらしく、マクガフィンを頼りに演出力でグイグイ押し切るのではない、技巧とストーリーテリングの秀逸な融合が見られます。有名なシャワーシーンのモンタージュは芸術の域です。


いかがでしたでしょうか。
1960年は各国の巨匠による傑作が多く生まれた年でした。
次回の記事では、1976年を取り上げます。

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