今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。
今回取り上げたのは1986年で、10本の作品が3.0点以上でした。
10位 プラトーン 3.0
戦争映画は数あれど、作戦や戦闘シーンよりも戦場での暮らしに重きを置いて描いた点が革新的だったベトナム戦争映画の最高峰。
ベトナム人に対する蛮行はもちろんショッキングではあるのですが、除隊の日を待ち望みながらジメジメしたジャングルを行進し、低俗な話題とドラッグに興じる兵士たちの姿を狂気でなく、日常として描いているのが驚きでした。
有名なビジュアルの通り、ストーリーのクライマックスはラストの暗闇の中での戦闘シーンではなく、明らかに中盤の内輪揉めからの見殺しシーンにありました。
若きウィレム・デフォーの真っ当な善人役に注目です。
9位 パラダイスの夕暮れ 3.0
カウリスマキ作品の常連となるマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンを主役に据えたつつましいラブストーリー。
今作で描かれた貧しいながらも小さな幸せを求めて懸命に生きる労働者たちの姿は、カウリスマキがその後も繰り返し描き続けるモチーフとなりました。
演出スタイル、役者、テーマ、モチーフ、音楽とカウリスマキ的要素が出そろってきた頃の作品です。
8位 ヘンリー 3.0
実在した連続殺人鬼の人生のある一時期を切り取ったサイコスリラー。
強面でアクション映画の悪役や「ウォーキング・デッド」シリーズでもお馴染みのマイケル・ルーカーのスクリーンデビュー作です。
尺が短い割に話の運びが今ひとつ推進力に欠けているのですが、不器用なコミュニケーションに起因する孤独を異常なほどこじらせた殺人鬼像はとても印象的でした。
主人公が繰り返す殺人には作中で語られる母親からの虐待が根源的動機としてありそうなのですが、それが明白に示されることはなく、衝動的とも計画的とも取れる犯行が繰り返されていきます。
共犯となる友人のそれが快楽目的なのに対し、主人公の場合は性的倒錯を満たす為でも、スリルを味わう為でも、抑えきれない衝動に屈した為でも、歪んだ自己実現の為でもなく、まるで課せられた仕事をこなすかのように淡々と人を殺していきます。
その対比によって今作は他のシリアルキラーものと一線を画しており、彼にとって殺人は人とのコミュニケーションが行き詰まった時にそれを解決する唯一の手法であり、彼なりの処世術であることが強調されている気がしました。
7位 天空の城ラピュタ 3.5
スタジオジブリの記念すべき一作目であるファンタジーアドベンチャー。
少女が持つ不思議な力を持つ石と天空に浮かぶ帝国をめぐって海賊や軍が入り乱れての争いを繰り広げる物語です。
ワクワクする設定、生き生きとした個性的なキャラクター、スリルとアクションの詰まった飽きさせないストーリー、少年少女のピュアなロマンスと冒険活劇としての要素をしっかり抑えた満足感の高い作品でした。
そして切なさと高揚感を併せ持ったテーマ曲も印象的で、世界観を巧みに表現していて素晴らしかったです。
6位 ヒッチャー 3.5
ルドガー・ハウアーが正体不明の殺人鬼を演じた80年代スリラーの秀作。
土砂降りの中で道にたたずむ男を車に乗せたことから、その男にナイフを突きつけられ、どこまで逃げても追い回される青年の恐怖を描く物語です。
冒頭から問答無用で状況設定する強引さを終始貫き、理不尽な展開を徹底することで観客を主人公と共に恐怖の渦へ巻き込むことに成功しています。
精神的に追い詰めるだけでなく、バンバン物理攻撃を仕掛けて来るのもエンタメとして楽しかったです。
ハウアーの圧倒的な存在感と役柄への説得力に相対するには、主人公のキャラクターと行動原理が弱すぎるのは難点でしたし、結末は好き嫌いが分かれそうですが、安易な理由付けをしないのは好みでした。
5位 不思議惑星キン・ザ・ザ 3.5
社会主義崩壊前夜のソ連でカルト的な人気を誇ったというSFコメディ。
妻からパンとマカロニのお使いを頼まれた男が道中に裸足で街中に佇む浮浪者風の男と出会い、彼が持つ空間移動装置を押してしまったことで謎の惑星にワープしてしまい、帰るために奔走する物語です。
冒頭15分のつかみが完璧すぎたので、その後のゆったりした展開にどうしてもペースダウン感が否めないのですが、あべこべな価値観や奇妙なルールの中に社会風刺を散りばめたブラックユーモアが楽しかったです。
ワープしてしまった2人のリアクションが終始素晴らしく、不条理な世界に唖然としながらもパニックに陥ることなくそれなりに順応していき、後半には謎の連帯感が生まれてしまうおとぼけ具合はセンス抜群でした。
クセになるマヌケな挨拶がしつこいくらいに繰り返されるのですが、ずっとギャグとして使われていたそれがラストで効いてくる演出がニクかったです。
4位 スタンド・バイ・ミー 3.5
近年流行のローティーンの子どもたちを主役とした作品にも多大な影響を与えているであろうノスタルジックな青春映画の傑作。
スリルと冒険を求めて、何でもない出来事を実際よりも大げさにとらえて騒ぎたくなる少年心理がよく描かれています。
恋愛要素を一切持ち込まなかったことで友情を強調することに成功し、語り手を作家として回想形式にしたことでノスタルジーを強調することに成功しています。
4人の少年それぞれが抱える悩みや不安やコンプレックスをあくまで爽やかに描き、50’sの楽曲がそれを軽やかに彩っています。
3位 ダウン・バイ・ロー 4.0
男の友情を描いた作品の最高峰であり、オフビートと称される独特の作風が完成されたジャームッシュ初期の代表作。
脱獄ものであるにも関わらず、驚くほど緊迫感はなく、それが微笑ましい絶妙な空気を生んでいます。
序盤はストーリーがつかめずやや退屈ですが、3人が合流して以降はおもしろくなっていき、特に牢屋での出会いのシーンの気まずい長回しは最高でした。
ストーリー上は描く必要のないシーンこそわざわざ長回しするところが今作の肝で、その後もゆるい笑いが絶え間なく続きます。
後半ではあっさりと脱獄し、喧嘩したり仲直りしたりと物語として劇的なことは何一つ起こらないのですが、気がつけば3人をたまらなく愛おしく感じてしまう不思議な魅力がありました。
そして脱獄してきたことなどまるでなかったかのような、あっさりとして、それでいてクールなラストが素晴らしかったです。
2位 ザ・フライ 4.0
自ら開発したテレポート装置の実験台となり、誤ってハエと融合してしまった科学者の男が辿る悲劇を描いたSFホラーの傑作であり、鬼才クローネンバーグの代表作。
驚きを与えるような怖さではなく、生理的な嫌悪感や不快感を与えるような怖さが秀逸なので、グロテスクな描写ばかりに目がいきがちですが、マッドサイエンティストの悲しい末路を描いたストーリーも定番の展開ではありながらも見応えがあります。
当初は穏やかだった主人公のメンタルが躁鬱的になっていく様は、コントロール不能な恐ろしさを強調していて良かったです。
1位 ブルーベルベット 4.0
難解さと明快さ、キャッチーさとアート性を絶妙なバランスで兼ね備えた、デヴィッド・リンチ入門に最適な傑作。
ストーリーは単純な構造なのに理解しづらいのは、登場人物の行動原理が分からないからではないかと感じました。
それは単に異常者だから、変態だから、というのではなく、人の言動や趣味嗜好は説明のつくものばかりとは限らないというスタンスを拡張して表現しているから、論理的に理解しようとすると分からないのだと思います。
暴力的な変態行為をすることも、その行為に抗えない快感を覚えることも、その姿に惹かれてしまうことも、全ては起こり得ることだから起こっただけで、合理的な理屈など存在しません。
そしてそれは、美しくのどかな光景と同居する醜さやグロテスクさ、愛らしさと同居する残酷さ、そういった身の回りに実は存在している違和感も同じであり、普段いかに都合の良い解釈を与えて分かった気になって安心しているかを思い知らされた気がしました。
いかがでしたでしょうか。
1986年は人間の狂気を描いた作品に多くの傑作が生まれた年でした。
次回の記事では、1993年を取り上げます。
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