映画公開年別マイベスト 1972年

映画年別マイベスト

今回の記事では、公開年別のマイベスト映画作品をご紹介します。
評点は5.0~1.0まで、0.5点きざみの9段階評価で、平均以上となる3.0以上の作品をランクインさせています。

今回取り上げたのは1972年で、7本の作品が3.0点以上でした。

7位 私のように美しい娘 3.0

フランソワ・トリュフォーが魔性の女の半生をインタビュー形式で描いたブラックコメディ。
社会学者の男が執筆のために殺人容疑で刑務所にいる女に取材するも、その生涯を聞く内に自らも虜になってしまう物語です。
「あこがれ」以来のトリュフォー作品となるブリジット・ラフォン演じる女の溢れる魅力と尻の軽さで男たちを次々と手玉に取る行動は巧妙と言うより行き当たりばったりで、むしろ男たちの方から罠にハマっていくような滑稽さが笑えました。
会話やアクションによるギャグではなく、シチュエーションや演出によってニヤリとさせるテクニックはさすがでした。
終盤ややドタバタしてしまった印象ですが、シニカルなオチは素晴らしかったです。

6位 叫びとささやき 3.0

スウェーデンの巨匠ベルイマン後期の代表作。
病を患い死の床にある貴族階級の女性と彼女を看病する姉と妹と召使いの4人の女性の姿を描いた物語です。
「野いちご」で老人が迷い込んだ悪夢では時計に秒針はありませんでしたが、時計がいくつも映し出され、秒針の音が強調される今作冒頭のシーンは、誰にも平等に時は過ぎ、そしていずれ命を奪いにやって来ることを示しているような気がしました。
ベルイマンに見出され、デビュー作「不良少女モニカ」では瑞々しくも妖艶な小悪魔的少女を演じたハリエット・アンデルセンが、病に苦しみベッドで苦悶の叫びをあげる姿は哀れみよりも恐怖を感じさせる迫力でした。
家族の誰かが苦しんでいる間はかえって他の家族が団結し、その苦しみが消えることで家族間の繋がりも失われるという皮肉。
血の繋がりのない召使こそ最も三姉妹を想っているが、誰もそれに気がつかない哀しさ。
終盤のシークエンスは30代にして人生の終焉を見つめた名作「野いちご」を撮ったベルイマンらしい人生観が表現されていました。

5位 荒野のストレンジャー 3.5

イーストウッドの監督二作目となる異色の西部劇。
背景に水辺があったり、弱者が善き人でなかったり、主人公の存在にオカルトチックな示唆がされたりと、ことごとく異質な要素が投入されており、西部劇ホラーとも言うべき仕上がりとなっています。
そもそもが正統派ウエスタンの人ではないですが、二作目にしてかなりの怪作と言えます。
一見無害で真面目に暮らす人々の隠れた顔、直接悪意を向けないからこそ余計にタチの悪い群集、そしてそれに対する復讐。
そんな敵意と怒りが暴力となって連鎖する物語は、後々の作品群にも通じるイーストウッドが生涯描き続けるテーマを感じさせます。

4位 ゴッドファーザー 3.5

映画史上屈指の名作と名高いマフィア映画の金字塔であり、珠玉の人間ドラマ。
マフィアのファミリーという特殊な世界を舞台としながらも、男としていかに家族を守り、成すべき仕事を果たすかという普遍的なテーマを丁寧かつ重厚に描いているので高評価を多く受けるのもうなずけます。
ドラマチックなストーリーにショッキングな描写を含みながらも、リアリティを失うことのない演出のバランス感覚が素晴らしいです。
女性の扱いが軽すぎて共感しづらかったり、登場人物が多すぎて相関関係を理解しづらかったり、中盤のマイケルの初仕事以降はやや話のテンポとテンションが落ちたりと欠点がないとは思いませんが、クオリティの高い映画のお手本のような作品であることは間違いありません。

3位 アギーレ/神の怒り 3.5

70年代にドイツの若手映画作家たちが台頭しニュージャーマンシネマと総称されましたが、中でも特異な存在感を放ったヴェルナー・ヘルツォーク初期の怪作。
16世紀に南米を武力で制圧していったスペインの一行が黄金郷エルドラドを目指し崩壊していく様を描いた欲望と狂気の物語です。
冒頭の危険な山道を列になって登る一団をスタンダードサイズの画面を目一杯使ってとらえたカットから素晴らしかったです。
画面を通じて湿気が伝わってくるような密林と濁った川を荒っぽいカメラワークでとらえ、そこで粛々と繰り広げられる野蛮な振る舞いは強烈なインパクトでした。
どこにも出口が見えない状況は悪化の一途で、その渦に飲み込まれながら自意識を肥大化させていく様を内面描写ではなく、異様な表情と佇まいで表してしまうのが凄まじかったです。
語り口は決して流麗でなく、作りも乱雑なのですが、作り手も含めて狂気を発している恐ろしい作品でした。

2位 惑星ソラリス 3.5

ソ連の名匠タルコフスキーの代表作として知られる名作SFドラマ。
哲学的SFの最高峰として制作年代の近い「2001年宇宙の旅」と並び称されています。
難解な台詞の応酬でストーリーを把握しづらいですが、人間の常識を超越した出来事に直面した時、人の感情はどう動き反応するのかというテーマで捉えると理解し易かったです。
今作に登場するコピー人間には記憶も感情も自我もあり、それでも人間ではないとするなら、人間性とは何なのかという問いかけが成されており、そこで描かれるのはなす術もなく弄ばれ、実験材料となる哀しい人間の姿でした。
有名な空中浮遊のシーンは確かに美しかったのですが、それ以上に直前に執拗なクローズアップで映し出される”雪中の狩人”が印象的でした。
それのみならず部屋中をブリューゲルの絵画が飾っており、ちっぽけな人間の愚かしさを愛着を持って見つめ、自然の中の風景を巧みな構図で切り取ることに長けたアーティスト同士通じるものがあったのかもしれないと思いました。

1位 ブルジョワジーの秘かな愉しみ 4.0

スペインの鬼才ブニュエル晩年の傑作。
食事会を催しては何度もテーブルに着き、食前酒や前菜を楽しむまではいくものの、なぜか邪魔が入ってメインディッシュにはありつけないブルジョワたちの滑稽な姿を描いたブニュエル流シュールレアリズムの完成形とも言えるコメディです。
不条理な展開を連発させながらも、一貫した目的の元にストーリーが進むので観客を迷子にさせることもなく、それでいて作家としての寓意を忍ばせることにもぬかりのない構成が素晴らしかったです。
知人を食事に招待しておきながらその約束を忘れていたという話に着想を得てそれを膨らませた物語だそうですが、そこには食事という根源的欲求を満たす行為の為に過度な装飾を施す中産階級の人々への強烈な皮肉が込められているのを感じました。
勘違いやすれ違いが食事を逃す原因となることもあれば、物理的な邪魔が入ったり、食欲が失せる出来事があったり、それ自体が誰かの夢だったりとアイディアにあふれていて楽しかったです。
食事には段取りやマナーを重んじ、田園の一本道を延々と歩くことさえ厭わないブルジョワたちが、性欲を満たす為には動物的な雑さを発揮するギャップも笑えました。


いかがでしたでしょうか。
1972年は国際豊かな名匠たちの傑作がたくさん生まれた年でした。
次回の記事では、1983年を取り上げます。

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