今回の記事では、映画監督 デヴィッド・フィンチャーを紹介します。
1962年生まれのフィンチャーは20代前半の頃から、TVCMやミュージックビデオのディレクターとして活躍。マドンナのエポックメイキングなMVとなったVOGUEを筆頭に、50本以上のビデオを手がけました。
1992年、「エイリアン3」で映画監督としてデビューを果たし、その後は継続的に話題作を世に送り出し続けています。
記録的な大ヒット作を放ったり、賞レースを総なめにするようなことはありませんが、それは彼が単なる娯楽映画も、評論家が喜ぶ”良質な”映画も作らないからです。
ベテランの域に入っても、確固たる信念を持って映画作りを続けるフィンチャーは間違いなく現役最高の映画作家の一人と言えるでしょう。
フィンチャー映画の特徴としてよく語られるのは、何と言ってもその独特の映像美です。
ILMでキャリアをスタートし、ミュージックビデオを数多く手がけてきた出自から、その映像へのこだわりは異常なほどで、特殊効果を効果的に活用することが彼の特徴です。
特にオープニングクレジットのクオリティの高さは有名で、「ファイト・クラブ」や「ドラゴン・タトゥーの女」など、特殊効果を駆使して作品のテーマとリンクする独特な映像を作り出しています。
また、色調を抑えた画面作りもフィンチャーの特徴として、独自の映像美を生んでいます。晴れのシーンでも、どこかジメジメとした感覚が伝わってくるような世界観は唯一有無です。
こうした映像上の個性が強いため、ビジュアル重視で語られがちなフィンチャーですが、作品を並べてみていくと、彼がどんなストーリーの中でも、人物が何を感じ、思い、考え、願うのかに焦点を当てているのが分かります。
ショッキングなスリラーやミステリーにおいては、事件の解決よりもそれによって人生を左右された人々を重要視し、ファンタジックなドラマでは、その特異性よりもその生き方と出来事を描いています。実話を基にしたストーリーでは、その顛末よりも人と人との軋轢の中で動く感情に焦点が当たります。
彼のカメラが登場人物に寄り添うようにシンクロして動くのは、その内面を映し出そうとしているからなのかもしれません。
本記事ではそんなデヴィッド・フィンチャーの作品を時系列でレビューと共に紹介します。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。
エイリアン3/1992年
リドリー・スコットが生み出したSFホラーの金字塔である1作目、ジェームズ・キャメロンがアクション要素を大幅に追加して映画史上でも屈指の優れた続編となった2作目に続く3作目を初監督にして任されたプレッシャーたるや想像を絶します。
フィンチャーらしいサスペンスフルな展開とダークな画面作りのセンスは垣間見えますが、ダラダラとしたストーリーとクライマックスの盛り上がらなさは致命的です。
評価☆★
セブン/1995年
「羊たちの沈黙」から始まった90年代サイコスリラーブームのピークとも言える傑作。
宗教的な要素を持ったストーリーや猟奇的な描写に目が行きがちですが、引退間近のサマセットとこれから一旗揚げようとするミルズというメインキャラクター2人の人物描写の対比が素晴らしいです。80年代バディものにありがちだったベテランと若手が反発し合いながらも理解し合うようになる定番の展開とは異なり、人生の上り坂と下り坂にいる人間の交わりとつながりが丁寧に描かれています。本筋とはあまり関係のない何気ない食事のシーンや、二人でそろって胸毛を剃るシーンに時間を割いていることから、単なる猟奇サスペンスに終わらせまいというフィンチャーの明確な意図を感じます。そしてだからこそ、衝撃的なラストのやるせなさは増幅し、心に深く残るものとなったのでしょう。
評価☆☆☆☆★
ゲーム/1997年
疑心暗鬼に陥るストーリー展開と一見シュールな演出は、後のシチュエーションスリラーや悪夢的サスペンス演出の模範となっているであろう佳作です。
歪んだ人格を矯正する恐ろしいゲームに悪戦苦闘する主人公の姿は滑稽でありながらも恐ろしく、また、基本的に合理的に行動してくれるので、自分ならどうする?を考えながら観ると楽しめるタイプの映画です。
評価☆☆☆★
ファイト・クラブ/1999年
漠然とした不安を抱える時代の空気感を体現した名作です。
今後人類が迎えることがあるのか分からないミレニアムを目前に控えた1999年。上質な物に囲まれ、情報にあふれ、豊かな暮らしを送っているはずの人々の心の中にはぽっかりと空洞がありました。そんな現代の文明社会に対して疑問を投げかけたのが本作。
何のために生きるのか?なぜ生きているのか?その問いかけが行きついた先は自己破壊でした。湧き上がる暴力衝動、性的衝動は人間としての根源的な欲求であり、それは他者に対して発するだけでなく、他者から自分に対して発せられることでも生を感じることができるのです。やがてそれは生を感じられなかった人々を巻き込み、暴走し始めます。死んだように生きることを止めた主人公ですが、気が付くのが遅すぎたことが、悲劇的な結末を招きました。しかしそこには悲哀よりも、すべてをリセットできることへのすがすがしさがあふれています。
倒壊するビルを眺めながらそっと手をつなぐラストシーンは映画史上屈指の美しさであり、もっとも幸福感に包まれたアンハッピーエンドだと思います。
評価☆☆☆☆☆
パニック・ルーム/2002年
緊急避難室のある新居に越してきた親子に降りかかる恐怖の一夜を描いたサスペンスです。
少ない登場人物、限られた空間ですが、このパニック・ルームの存在がキーとなって物語を盛り上げています。
敵役がやけに人間臭いキャラクターで得体の知れるところが、恐怖を削いでしまっており、フィンチャーらしかならぬマイルドな仕上がりです。ストーリーにもフィンチャーらしい驚きがなく、世間的な評価はイマイチですが、個人的には00年代に流行したシチュエーションスリラーの先駆的な一本として十分に楽しめる作品だと思います。
評価☆☆☆
ゾディアック/2007年
誰もが知るゾディアック事件を題材に、犯人を追いかけることに取りつかれていく男たちを描いています。緻密で丁寧なつくりですが、史実に忠実に描くことを優先したためか、ストーリーのおもしろさ、人物描写の深さはそれほどでもない印象です。
会話のテンポは速いものの、ストーリーテリングのテンポは悪く、膨大な情報量を処理しきれなかったように感じました。ドラマシリーズとして制作した方が良かったような気がします。
評価☆☆
ベンジャミン・バトン 数奇な人生/2008年
老人として生まれ、年をとるにつれ若返っていく男の数奇な運命を描いたファンタジードラマ。
最大の焦点は恋人とのすれ違いで、若返っていく自分と年老いていく恋人という対比が普通の恋愛ものとは異なるどうしようもない切なさを生み出します。
ベンジャミンの一生は誰も体験できないものですが、彼が経験してきた一つ一つの出来事はありえないことではなく、誰にでも起こり得るものです。人生の中で、ほんの少しどこかでボタンがかけ違っていたら、運命は予想もしない方へと転がるかもしれない。人生の奇妙さ、不思議さ、おもしろさ。フィンチャーらしいダークさが薄めのファンタジックなストーリーの中には、そんな要素が散りばめられていました。
評価☆☆☆☆
ソーシャル・ネットワーク/2010年
世界最大のSNSとなったフェイスブックの創設ストーリー。実話をベースとしながらも、そのキャラクター描写は大幅に脚色されているようです。
ストーリーは訴訟などトラブルがいくつも起きる割には平坦です。事業として成功する結果が見えている以上、そこにサスペンスは生まれようがないので、盛り上がりを作ることを放棄しているようにさえ見えます。代わりに人と人の微妙なすれ違いなど、コミュニケーションの不全を描くことに注力しています。
人とのつながりを世界中に提供しながら、自分自身は本当につながりたい人とつながれていない。オンライン上の中見ないつながりの虚しさは主人公自身が一番わかっていたのかもしれません。
評価☆☆☆★
ドラゴン・タトゥーの女/2011年
世界的なヒットを記録したミステリー小説の映画化。
ストーリー自体は秘密の多い一族の闇を暴いていく過程を丹念に、一直線に描いていきます。その中にアブノーマルな性描写が表れるものの、ミステリーとしては普通の出来です。
一方で、男性に虐げられてきたリズベットがそれを乗り越え、自立を獲得するものの、実らぬ恋をする悲恋の物語としては秀逸です。尖った身なりや言動は自分を守るためであり、心の中では自分を大切にしてくれる人をピュアに求めている人物としての描写は類型的ではありますが、観る価値はあります。
評価☆☆☆
ゴーン・ガール/2014年
夫の裏切り行為に対する妻の復讐を描いたサスペンススリラー。
真相が誰にも分からないまま、マスコミの攻撃に合い、謎が深まっていくミステリーチックな前半から一転、謎が明かされた後半からは夫婦の、そして男と女のせめぎ合いが怒涛の勢いで展開されていきます。ミステリーを手放すタイミングが絶妙で、ストーリーのおもしろさを保ち続けることに成功しています。
前作ではたくましくなっていく女性を描いたフィンチャーは、今作ではそれをさらに突き詰め、たくましすぎて恐ろしい女性を描いているのもおもしろいところです。
評価☆☆☆★
さいごに
いかがでしたか?
独特の映像美を築き上げたビジュアル派でありながら、ショッキングな展開の中に人物の内面を描き出すストーリーテラーでもある映像作家デヴィッド・フィンチャー。
記念ではテレビドラマシリーズも手がけており、その領域を広げています。
新作が公開されたら、ぜひ劇場へ足を運んでみてください。
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