今回の記事では、イギリスのミュージシャン イアン・カーティスを紹介します。
イアンが率いたジョイ・ディヴィジョンは、80年代のポスト・パンクバンドや90年代のオルタナティブロック勢に多大な影響を与えたロックバンドです。
イアンの死により、わずか2枚のオリジナルアルバムと数枚のシングル、その他コンピレーションアルバムしか残していませんが、その功績はロックの歴史に刻み込まれています。
1956年、イギリスの労働階級の家庭に生まれたイアン・カーティスはイギー・ポップやルー・リード、デヴィッド・ボウイなど後のオルタナの源流となったロック界のカルトスターたちに憧れながら育ちました。
そして、1976年に観たセックス・ピストルズのライブに衝撃を受け、バンド活動を始めます。
1978年、JOY DIVISION/ジョイ・ディヴィジョンとバンドを名付け、TV出演を果たすと翌1979年には1stアルバム Unknown Pleasures/アンノウン・プレジャーズをリリース。
アルバムは好評を博し、前途洋々なスタートに思えましたが、私生活ではイアンに愛人ができたことで19歳の時に結婚した妻との間に溝が生まれ、てんかんの発作にも苦しめられ、イアンの精神は徐々に衰弱していきます。
さらに、駆け出しのバンドの宿命ともいえるハードなスケジュール、そして周囲からの期待という名のプレッシャーは彼の心と体を蝕んでいきました。
1980年、セカンドアルバムのレコーディングが完了し、シングルはチャートで高順位を記録。
これから更なる躍進が約束されていたその矢先、5月にイアンは自宅で首を吊っているところを発見されました。23歳の若さでした。
死後リリースされた2ndアルバム Closer/クローサーはヒットし、名盤の評価を受けますが、ジョイ・ディヴィジョンの活動は永遠にストップしてしまいました。
その後、残されたメンバーはバンド名をNew Order/ニュー・オーダーと改め活動を続けました。商業的にはさらに大きな成功をおさめ、ロックとテクノを融合させた先駆的バンドとしてその名を残しています。
イアンの圧倒的なカリスマ性と才能だけでなく、メンバーの存在があってこそのジョイ・ディヴィジョンであったことを証明したのです。
イアンのミュージシャンとしての特徴は何と言ってもそのボーカルスタイルです。地獄の底から唸っているような重低音は、ハイトーンでシャウトする従来のロックのボーカルスタイルを根底から覆すものでした。
さらに歌唱中は遠い目をして、自らの身体から抜け出そうともがいているようなアクションをすることも彼のトレードマークとなっています。これはてんかんの発作症状が出る前兆だったとも言われているようですが、その歌声、そして歌詞の内容と相まって強烈な印象を見るものに残します。
そして内面の苦悩や孤独を綴った歌詞も、体制や社会に対する直接的で攻撃的な歌詞が特徴であったパンクロックの流行冷めやらない70年代末には新鮮なものだったでしょう。
内省的な歌詞を書くミュージシャンはパンク以前にも当然存在していましたが、イアンのコミュニケーションに対する切望と絶望を詩的な言葉づかいで表現した歌詞世界は死後数十年経った今でも全く古びない、唯一無二のものです。
今回の記事では、そんなイアン・カーティスがジョイ・ディヴィジョンとして残した作品をピックアップし、レビューと共に紹介していきます。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。
Unknown Pleasures/アンノウン・プレジャーズ
ジョイ・ディヴィジョンの1stアルバムにして、パンクを通過したバンドが鳴らすべき音を示した傑作です。
音楽的には、選ばれし者の音楽として複雑化していたロックを破壊したパンクの影響を直接的に受けたシンプルさと荒々しさに、ベースを強調したダンサブルなビートを掛け合わせたものですが、特徴的なのはそこに時折、演奏というよりイアンの語りをサポートする効果音が響いているかのような重々しくスローな楽曲が登場することです。
これがイアンの陰鬱ながら文学的な表現を多用する歌詞と相乗効果を生み、ジョイ・ディヴィジョンの世界観を形成しています。
シングル向きのダンサブルで比較的ポップな楽曲、パンクよりのワイルドで激しい楽曲、イアンの低音の語りを聞かせるスローでヘヴィな楽曲とバラエティを持たせながらも素晴らしい構成で、アートワーク含め見事に調和しており、デビューアルバムとは思えない完成度を誇っています。
評価☆☆☆☆★
Closer/クローサー
イアンの遺作であり、ジョイ・ディヴィジョンのラストアルバムであり、80年代の扉を開いたロック史に残る名盤。
デジタルな音色が目立ち、1stでは感じられたパンクの残り香はもはや遠方へと追いやられています。無機質で機械的なビートの中にもふつふつと湧き上がる衝動を感じられる音像は、さながら静かに燃える青い炎を眺めているような感覚です。
リリース前にイアンが自殺した事実を抜きにしても、楽曲が進むにつれて血が通わなくなっていくような展開からその寒々とした心象は痛いほど伝わってきます。
愛する人と、仲間と、名声と、生きることと折り合いをつけることができず、孤独な魂の行き場を失ったイアン・カーティス。そんな彼の遺作がクローサー(もっと近く)と名付けられたという皮肉。それはイアンが命をかけて残したメッセージだったのかもしれません。
評価☆☆☆☆★
Still/スティル
イアンの死の翌年にリリースされたコンピレーションアルバム。前半が未発表楽曲、後半がライブ音源で構成されています。
未発表曲はオリジナルアルバム収録曲やシングル曲に比べると一段落ちる感は否めません。白眉は後半で、イアン生前最後のライブが収録されているそうです。
ボーカルも演奏もヘロヘロで、素人が聴いてもベストではないと分かるほどですが、最後の力を振り絞った鬼気迫るパフォーマンスが記録されています。
評価☆☆☆★
Substance 1977-1980/サブスタンス
1988年にリリースされた、アルバムの世界観を壊さないために収録されなかったシングル曲とそのB面曲集です。
パンクロックバンド然とした荒々しい楽曲から、最大のヒット曲まで、シングルゆえのジョイ・ディヴィジョンのポップな側面が収められています。
陰鬱で重苦しいという前評判でジョイ・ディヴィジョンを敬遠していた人に勧めたい一枚です。
評価☆☆☆☆
Joy Division The Complete BBC Recordings
BBCのラジオやテレビ番組用にレコーディングされた音源を集めたアルバム。
同じ楽曲が複数バージョン収録されているので、パフォーマンスの違いを楽しむことができます。ただし、いずれも1979年の録音であり、ライブではなくスタジオでのレコーディングなので、聞き分ける楽しみは少なめです。
ラストにはインタビュー音声も収められているので、イアンの普段の肉声を聞くことができます。
評価☆☆☆
さいごに
いかがでしたか?
新しい時代を切り開く才能を持ちながら、あまりにも早く逝ってしまったイアン・カーティス。しかし彼が残したインパクトは今でも漆黒の輝きを失っていません。
この記事が彼の功績に触れるきっかけになればうれしいです。
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