今回の記事では、映画監督であり俳優のチャールズ・チャップリンを紹介します。
19世紀末に発明された映画が20世紀初頭に大衆の娯楽として定着していく過程で、チャップリンの果たした役割はとてつもなく大きく、人類史上初めての映画スターとして人々の記憶に残っています。
1889年にイギリスで生まれたチャップリンは幼い頃から劇団で俳優としてキャリアを積みます。
1914年に映画デビューを果たすと、トレードマークとなった浮浪者の扮装でコミカルな動きを披露する姿がたちまち人気を博します。
年間数十本の作品に出演しながら自身で監督も務めるなど精力的に活動し、黎明期にあった映画業界における最初の国際的スターとしてその名を知らしめて行きます。
20年代以降は、自ら設立に携わった映画スタジオ ユナイテッド・アーティスツから名作を次々と生み出しました。ドタバタコメディから脱皮し、持たざる者の悲哀を物語に盛り込むことで作品は深みを増し、名声を確固たるものとしていったチャップリン。
アカデミー賞が始まり、トーキーが普及し、映画業界が急速に変化を遂げて大衆にとっての欠かせない娯楽へとなっていった時代にあって、彼はその作風を進化させることで「黄金狂時代」「サーカス」「街の灯」と名作を連発していったのです。
ハリウッドが黄金時代を謳歌していた30年代、世の中的には、第一次大戦の傷が癒えない内に起きた大恐慌、ナチスドイツの台頭と暗雲が立ち込めてきた時代です。
チャップリンはこの社会情勢を敏感に感じとり、メッセージ性の強い作品を作り始めます。映画スターだったチャップリンは、今や映画作家として「モダン・タイムス」「独裁者」と社会風刺的な作品を作り上げたのです。
第二次大戦後はトレードマークであった浮浪者スタイルを捨て、尚も作品制作を続けたチャップリン。戦後の反共主義の煽りを受け、1952年にアメリカから国外追放を受ける憂き目を見ましたが、彼の残した作品は大衆からは絶大な支持を集め続けました。
1972年にアカデミーから名誉賞を受け、20年ぶりにアメリカの地を踏んでから5年後、チャップリンはスイスでその生涯を閉じました。
死後50年近く経った現代では、映画はもはや大衆の最大の娯楽ではありません。しかし、チャップリンの作品を観たことがなくても、その名を知らないという人はいないでしょう。
今回の記事では、そんな稀代の喜劇王チャールズ・チャップリンのおすすめ作品をピックアップし、レビューと共に紹介していきます。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。
チャップリンの失恋/1915年
強盗から救った女性に恋をしたチャーリーは、彼女の暮らす農家で働き始めますが、何をするにも一騒動を巻き起こしてしまいます。さらに強盗一味がこの農家を狙って現れます。
この慌ただしい恋模様は、彼女に実は恋人がいたことが分かり、チャーリーがそっと身を引くことで締められます。ストーリーははまだドタバタの添え物程度でしかありませんが、悲恋の結末は後のチャップリンで何度も描く定番のシチュエーションとなりました。
評価☆☆
チャップリンの掃除番/1915年
銀行の掃除夫であるチャーリーは勘違いから恋をしますが、それはあえなく破れます。しかし銀行強盗を撃退したことで、憧れの彼女と結ばれたはずが、それは居眠り中に見た夢で、チャーリーは2度失恋するという何とも切ないストーリーです。
物語の展開は進歩を見せていますが、小ネタが多く笑いどころは少なくなってしまった印象です。
評価☆☆
チャップリンの番頭/1916年
質屋を舞台に前半は上司の目を盗みながら同僚とのケンカを繰り広げ、中盤に質屋という場面設定を活かしたシュールな笑いをはさんだ後、終盤はまたドタバタに戻りながらも前半と中盤の伏線を回収して終える見事なストーリーテリングを見せています。
ギャグも走り回るだけでなく、ハシゴや時計など小道具を活かしたものへと進化しています。
評価☆☆☆
犬の生活/1918年
これまでにも様々な小道具でギャグシーンを生み出してきたチャップリンですが、今作では犬の存在を効果的な小道具として、ギャグシーンのみならず、ストーリー展開上のキーマンとしても活用しています。
チャップリン自身も今作をターニングポイントとして認識していたようですが、転換していく場面設定含め、確かに以前の作品にはなかった映画らしい”物語”が取り入れられています。
評価☆☆★
担え銃/1918年
映画史上初の戦争映画と言われる本作で、チャップリンは物語性の充実、ショットの多様化など映画における映像表現のレベルを向上させる試みをしています。
後の作品への重要なステップとしての価値はありますが、作品自体のクオリティはまだ習作の域を出ていません。
評価☆☆★
キッド/1921年
ドタバタコメディから完全に脱却し、映画としての物語を完成させたサイレント期を代表する名作。
窓ガラス修理の自給自足や夢の中でのワイヤーアクションなど、有名な笑えるシーンの数々をつなぎ合わせているのは、現実の厳しさを見せつけるようなシーンと涙を誘うシーン。笑いと涙、喜劇と悲劇が絶妙なバランスで配置されています。
とってつけたようなハッピーエンドですが、チャップリンの横顔と背中から感じられるのは再会の喜びというよりも戸惑いであり、必ずしもハッピーではない10分後の展開を想像させる余白が素敵です。
評価☆☆☆☆★
巴里の女性/1923年
チャップリンが主演せず、制作に注力した作品として異質な存在である本作。
有名な駅でのシーンなど映像ならではの演出は見所ではあるものの、現代の目で観て驚くようなものではなく、説得力に欠けるストーリー展開を埋め合わせるほどの魅力はありません。
ラストの運命の交差も劇的な効果を生むというより、取ってつけたような印象を残している気がします。
チャップリンの他の多くの作品がそうであるように、形式より中身が重要であることを自ら証明してしまった作品だと思います。
評価☆☆
黄金狂時代/1925年
数々の名シーンで知られるチャップリンの代表作。
序盤の30分は雪山で飢えをテーマに得意のドタバタコメディが繰り広げられ、靴を食べるギャグは良く知られています。中盤の30分はロマンスパートになっており、映画史上最も切ないカットバックの中で、チャップリンはこちらも有名なパンとフォークのダンスを披露します。終盤は再び雪山でのドタバタをはさんだ後、ほろ苦いハッピーエンドへと向かいます。
ストーリーテリングにまだぎこちなさはあるものの、悲劇と喜劇のコントラストをこれまでにないほど見せつけた傑作です。
評価☆☆☆☆
サーカス/1928年
サーカスというドタバタにはうってつけの舞台を用意しながら、むしろその舞台裏で多くの笑いどころを作っており、チャップリンが試みてきたドタバタとストーリーの融合の一つの到達点とも言える作品。
一団が去った後、たった一人でトボトボと歩き出すラストシーンに象徴されるように、哀しさよりもそれを受け入れた先にある寂しさが強調されています。
評価☆☆☆★
街の灯/1931年
ドタバタを完全に卒業したチャップリンが描いたおかしくも悲しい愛の物語。
絶妙なすれ違いが生む笑いが後のコメディに与えた影響は計り知れません。
ラストシーンで”You”の一言に含まれた感情の交錯、”see”にこめられた何重もの意味はチャップリンが描いた悲劇と喜劇を凝縮した完璧なラストシーンです。
評価☆☆☆☆
モダン・タイムス/1936年
サイレントとトーキーを絶妙に使い分けながら、労働から家庭まで、様々なシチュエーションで風刺の効いたギャグが矢継ぎ早に披露されボリューム満点です。ただ、場面設定の移行が早すぎて、シーン毎のツギハギ感は否めません。一連のストーリーとしての完成度はチャップリンの他作品に劣ると思います。
急速に資本主義化していく中で人間性が失われていく社会を皮肉りながら、批判を笑いに昇華する手腕は見事で、巧みに権力を描き分けています。思考停止して、目の前に現れた犯罪者らしき人を感情的に捕まえるだけの警察。思考はあっても感情が希薄で、生産性だけを求める雇用主。どちらも違う意味でロボットのようで、人間味がありません。
終盤、工場での労働から離れ、カフェで働き始めたチャーリー。歌詞を失いうろたえつつ、それでも愛する人と夢のために、デタラメながらも素晴らしい歌を披露します。チャーリーの歌声が流れる瞬間は鮮烈な印象を残し、このシーンであふれ出る人間性は前半での生産マシーンのような姿と好対照を成しています。
評価☆☆☆☆
独裁者/1940年
時代背景を意識せざるを得ない設定で、笑いの要素が控えめな分、チャップリン作品中でもメッセージ性の強さは随一です。
二つの軸が微妙に交差しながら進み、最後には正に入れ替わってしまうストーリー展開は巧みです。ただ、中盤以降独裁者のマウント合戦シーンからはややテンポが悪くなり、移住した家族の暮らしや収容所での生活がダイジェスト的な扱いなのはバランスに欠ける印象を受けました。
有名なラストの演説シーンは迫力十分で、その内容への賛同はともかくとして、これが戦時中に公開されたという事実とも相まって胸に迫るものがあります。
評価☆☆☆
殺人狂時代/1947年
罪とは何か、悪とは何か。猫や虫や、哀れな女性を助ける優しさを持った男が、一方では良心の呵責なく金のために人を殺す。文明を発展させる産業による経済的な殺人と、国を拡大する戦争による大量殺人と、私利私欲のための個人による殺人と、その間にある不確かな倫理観を描いたブラックコメディです。
テンポの良いコミカルなシーンが多い一方で、やっていることはかなりダーク。それゆえに観ている人の倫理観も試されているような気がします。
評価☆☆☆★
ライムライト/1952年
チャーリーというキャラクターへのセルフオマージュであり、映画作家としての事実上の遺作と言えるかもしれません。
ステージの長回しを筆頭に、映画的編集を避け、サイレント時代を彷彿とさせる手法をとっていますが、テンポが悪く冗長なのは否めません。
時代遅れとして忘れ去られる恐怖や悔しさといったチャップリンの心境が主人公の境遇に投影されており、そんな中でも人のために尽くす姿はあまりに美化されすぎている気もしますが、これが彼の願いだと思うと切なさが一層増してきます。
戦時中は自由のために戦えと作中で演説したチャップリンは、今作では美しく幸せな人生のために戦えと傍らで優しく語りかけます。この前向きな言葉の数々を名言と取るか説教臭いと取るかで評価が分かれる作品です。
評価☆☆★
さいごに
いかがでしたか?
映画黎明期の歴史そのものとさえ言えるチャールズ・チャップリン。
素晴らしい技術はその進歩とともにありふれたものとなり、いずれ歴史的価値によってのみ評価されるようになりますが、素晴らしい内容はどれだけ時が経ち、模倣品に溢れたとしても、その輝きを失うことはありません。
その事実を、100年前のチャップリンの映画を観ることで体感してみてください。
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