静かな人々が暮らす厳しくも優しい世界 アキ・カウリスマキ

映画監督

今回の記事では、北欧フィンランド出身の映画監督 アキ・カウリスマキを紹介します。

カウリスマキは貧しい市民の悲喜劇を厳しくも優しいタッチで描き、ヨーロッパの主要な映画祭で複数回の受賞歴を持つフィンランドを代表する監督です。カウリスマキ節とでも言うべき独特の作風は、日本人の琴線に触れる部分があり、日本でも多くのファンに愛されています。

1957年生まれのカウリスマキは、2歳年上で同じく映画制作に携わるミカ・カウリスマキと共に大学在学中から映画を撮り始めます。

ミカが監督した映画で主演を務めるなどした後、1983年に「罪と罰」で自身も初めて監督として長編作品を手がけました。

その後はコンスタントに作品を発表し、1989年にフィンランドのロックバンド レニングラード・カウボーイズをフィーチャーした「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」の成功で世界的にその名を知られるようになります。

2000年代以降は作品発表のペースは落ちつつも、2002年の「過去のない男」でカンヌ映画祭でグランプリ、2017年の「希望のかなた」では監督賞を受賞し、その評価を確固たるものとしています。

カウリスマキといえば、台詞が少なく、表情はそれ以上に極端に少なく、ナチュラルさを意図的に排除したような演出が特徴です。貧しく寂しい人物を中心に据え、その身に降りかかる厳しい現実を描くストーリーが得意のパターンですが、人々がその現実を淡々と受け止め、どんなことが起ころうと人生なるようになる、とでもいうように小さな一歩を踏み出し続けるところに何とも言えない小市民の哀しさと健気さが浮かび上がってくるのです。

今回の記事では、そんなアキ・カウリスマキのおすすめ作品をピックアップし、時系列で紹介します。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。

罪と罰/1983年

ドストエフスキーの名作文学を原作にしたカウリスマキの長編初監督作です。
初監督作の題材としてはヘビーなチョイスですが、台詞が少なく感情表現が少ない独特の演出スタイルはすでに確立されており、それが原作にはない程よい行間を生み出しています。
ただ、この深遠なテーマを軽妙にさらりと描けるほどにはまだ熟練しておらず、暗く深刻になりすぎてしまっています。

評価☆☆★

カラマリ・ユニオン/1985年

カウリスマキ初期の傑作コメディ。
ストーリーを追うのがバカバカしくなるほどシュールでとぼけた展開の連続で成り立っています。
全員同じ名前で、似たような恰好をしているけれど別におそろいでもない男たち。この一団には一応の動機と目的があるものの、そこにほとんど意味はなく、何となく命を落としていきます。
人生なんてこんなものだとタバコをふかしながら言われているような、肩の力が抜けたカウリスマキ節が楽しめます。

評価☆☆☆★

パラダイスの夕暮れ/1986年

カウリスマキ作品の常連となるマッティ・ペロンパーとカティ・オウティネンを主役に据えたつつましいラブストーリー。
今作で描かれた貧しいながらも小さな幸せを求めて懸命に生きる労働者たちの姿は、カウリスマキがその後も繰り返し描き続けるモチーフとなりました。
演出スタイル、役者、テーマ、モチーフ、音楽とカウリスマキ的要素が出そろってきた頃の作品です。

評価☆☆☆

レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ/1989年

演奏させてくれる場所を求めて旅を続けるレニングラード・カウボーイズ。彼らのギャグと演奏だけで成り立っている作品です。
真顔でおかしなことをするギャグが得意なカウリスマキですが、それを長すぎるリーゼントと靴の彼らがすることでより一層おかしさが際立っています。
一方、コメディ感が強くなることでそのギャグのベタさも際立っており、狙ってる感が珍しく強く出てしまっています。

評価☆☆☆★

マッチ工場の少女/1990年

家庭に恵まれず、働くだけで楽しみもない暮らしを送る主人公が、ささやかな幸せをつかもうと行動を起こしたことで、かえってどん底に落ちていく物語。
悲劇的な出来事とドラマチックに動いているはずの感情を淡々と描くギャップがとぼけた味わいを生み出すカウリスマキ初期の代表作です。
どこまでも救いのない結末ですが、そこには不思議な爽快感があり、それは単に復讐を果たしたからというだけでなく、こんな結末でもそれまでの暮らしに比べたら望ましい変化に思えるからで、主人公の不幸な境遇を際立たせることに成功しています。

評価☆☆☆☆

コンタクト・キラー/1990年

ある日突然仕事を失った孤独な男が、自分を殺してくれる殺し屋を雇います。しかし自暴自棄になったことで、生きる希望となる恋に出会う皮肉な秀作コメディです。
何となく生きていた主人公にとって、ドラマチックでもロマンチックでもない恋が生きる理由となる様が、カウリスマキらしいとぼけたユーモアで描かれます。
殺し屋が病で余命いくばくもなく、それゆえに最後の仕事を意地でも成し遂げようとするのもまた皮肉が効いています。
全体的にゆったりした雰囲気ですが、主人公がトントン拍子で窮地に陥っていくのでテンポが良く感じます。
しかし結末は安易でありきたりなもので、もう一捻りほしかったです。

評価☆☆☆★

愛しのタチアナ/1994年

とてつもなく不器用でぎこちない、ウブな恋愛を大人たちが繰り広げる異色のラブストーリー。
序盤こそカウリスマキ作品にしてはセリフが多いと思わせますが、2人の女性が登場して以降はいつも通りのだんまりを決め込み、シュールなロードムービーが展開されます。
数日間閉じ込めた母親を解放して、何事もなかったかのように仕事にとりかかり、母親も平然とやかんに水を汲む結末はアンチクライマックスの極致です。
直前のコーヒーショップに車で突っ込む妄想だけでなく、この旅自体が妄想だったのではないかと思わせる印象的なラストです。

評価☆☆☆

浮き雲/1996年

そろって失業の憂き目にあった夫婦が生活を立て直そうと悪戦苦闘する物語。
しっかり者だけど運のない妻と優しいけれど頼りない夫の組み合わせが愛らしく、淡々としながらも妙に息のあったやり取りから、2人の結びつきが深いことが感じられました。
不運続きと世の中の世知辛い仕打ちで八方塞がりになっていく中でも、どこかのんびりと前を向く姿は後の「過去のない男」にもつながるもので、明るい結末を予感させます。
そしてその結末の明るさ加減も絶妙で、作品の世界観を壊すことなく、最適な落としどころへと至っています。

評価☆☆☆☆

白い花びら/1999年

20世紀の最後にカウリスマキが放ったのは、モノクロのサイレント映画でした。
感情表現やキャラクター設定はいつも以上に単純化され、まるで童話を映像化したかのようです。一方でストーリーにはどこまでも救いがなく、絵に描いたような幸せが見るも無残に崩れ去っていきます。その組み合わせはさながらエドワード・ゴーリーの世界観です。
元々台詞の少ない作風だけに、サイレントへのチャレンジが効果的に感じられず、むしろ後半になるにつれ増えていく字幕が説明過多に思えてしまいました。

評価☆☆☆★

過去のない男/2002年

カンヌ映画祭でグランプリを獲得したカウリスマキの代表作。
暴漢に襲われ、記憶をなくした男が小さな幸せをつかむまでの物語です。
自分の身に降りかかった不幸に対して、なされるがままに流されていく男の姿は人生を達観しているかのようで、とても不器用なようでもあります。あるべきものがあるべきところに静かに収まっていくストーリーは優しく、感情の発露がないからこそそのさりげない美しさが際立っています。

評価☆☆☆☆★

街のあかり/2006年

前作「過去のない男」の主人公が絶望的な状況の中でも目の前に転がる小さな幸せをそっと受け止める男だったのに対し、今作の主人公の男はさしたる不満もない暮らしをしていたにも関わらず、それに気が付かずに自ら身を滅ぼしていきます。
相変わらず少ないセリフと感情表現で描かれたコインの裏表のような2作は、カウリスマキが生涯を通して描き続けるテーマの集大成であり、到達点であると思います。

評価☆☆☆☆

ル・アーヴルの靴みがき/2011年

目の前の何気ない幸せを尊重するストーリー、社会的弱者へ優しい視線を向けるスタンス、そしてドラマ性を極力排するような演出スタイル。それらカウリスマキらしい特徴をしっかりとおさえながらも、移民問題という現代ヨーロッパが抱えるテーマに取り組んで新鮮味を出しています。
シビアな目線が薄れ、甘くなりすぎている気はしますが、それによってカウリスマキ入門に最適な万人向けの作品になっています。

評価☆☆☆★

希望のかなた/2017年

厳しい現実、優しい人々。少ないセリフ、もっと少ない表情。淡々とした展開に挟み込まれる唐突なロックと、謎の日本愛。
カウリスマキ的な要素を詰め込んだような作品で、随所でニヤリとさせられますが、さすがに既視感は否めません。前作でも扱った移民問題を今回も取り上げますが、新たな視点が取り入れらたような感じもせず、面白みに欠けます。
安心して観られるカウリスマキ印だけれど、それ以上のものではないと思います。

評価☆☆★

さいごに

いかがでしたか?
決して豊かではないけれど、目の前にある小さな幸せを見つけてさりげなく生きていく人々。そしてそれを黙って見つめるカウリスマキの厳しくも優しい視線。
ハリウッド映画では味わえない独特のカウリスマキ節をぜひ体験してみてください。

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