人間の本質を探究した孤高の映像作家 スタンリー・キューブリック 1/4

映画監督

アメリカ・ニューヨーク出身の映画監督、スタンリー・キューブリックについて紹介します。

1928年、キューブリックはユダヤ系移民の両親の元、ニューヨークに生まれ、十代の頃からルック誌のカメラマンとしてキャリアをスタートしました。

ドキュメンタリー映画を数本製作した後、知人の資金援助を取り付け、劇映画の製作に乗り出したのが20代半ばのころ。

1957年に監督した「突撃」で、主演のカーク・ダグラスに才能を見出され、大作史劇「スパルタカス」の監督に抜擢されます。しかし、完全に作品を掌握したいキューブリックはハリウッド式のプロダクションになじめず、イギリスに渡り、その後生涯ハリウッドに戻ることはありませんでした。

渡英後は文学の古典や小説を原作とした作品を発表。「2001年宇宙の旅」や「時計じかけオレンジ」は映画史上の傑作と評され、「シャイニング」はホラー映画における恐怖表現のみならず、ポップカルチャーにも多大な影響を与えました。完璧を求めるあまり、文献の調査などに膨大な時間を費やし、作品を追うごとに発表間隔は長くなっていきましたが、その哲学的なメッセージをシニカルな視点で描くストーリーや、革新的な映像表現は高い評価と称賛を集め、巨匠としての地位を確立していきました。

1999年3月、実に12年ぶりとなる新作「アイズ・ワイド・シャット」の完成を目前に控える中、キューブリックはこの世を去りました。自作について多くを語ることをしませんでしたが、その作品については死後も世界中で分析や論争が絶えず続いています。

キューブリックは長尺な作品が多く、難解そうなイメージもあるので、敬遠している方が少なくないかもしれません。しかし実際に観てみると、芸術性を重視するあまり自己満足におぼれるわけでなく、メッセージを主張しすぎて説教くさくなるわけでなく、中身のない娯楽作品にとどまるわけでなく、それらをとても高い次元でバランスよくブレンドして作品づくりをしていたことがわかります。



いかがでしたか?
今回の記事ではキューブリックの経歴を簡単に紹介しました。
次回の記事では、キューブリックの作品を読み解く上でのポイントを紹介していきます。

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