今回の記事では、北欧ノルウェー出身の画家 エドヴァルド・ムンクを紹介します。
ムンクといえば何と言っても「叫び」が有名です。数多くのパロディを生み出し、作品だけが独り歩きしているような状態で、その知名度や影響力に比べ、画家ムンクの生き方や「叫び」以外の作品が顧みられることは少ないのかもしれません。
1863年に生まれたエドヴァルド・ムンクの人生は悲しみと共に始まりました。
彼が5歳の頃、母が結核でこの世を去り、13歳の時には姉を同じく結核で亡くしています。
この幼少期に経験した身近な人間の死は、命の儚さ、死への恐怖と不安をムンクの心に植え付け、特に初期の作風には直接的な影響を与えています。
若くして描いた「叫び」1作だけで絵画史に永遠にその名を残すことになったムンク。
その後も心境の変化と共に作風を変化させながら、1944年に亡くなるまでに1000を超える作品を残していますが、著名な作品が1890年代に集中していることから世紀末の画家として一般に認知されています。
ムンクは自身の作品を異なる画材で何度も描いたり、版画を活用したりと多作であることで知られています。そしてカメラで自らを撮影した写真がいくつも残っており、芸術家である自身に自覚的だったような印象を受けます。
こうした活動は自身の作品の価値を知った上でのビジネス的な観点だったように見えますが、死へのトラウマから逃れるための痛み止めとして作品を量産し続けずにはいられなかったのかもしれません。
今回の記事では、そんなエドヴァルド・ムンクのおすすめ作品をピックアップし、時系列で紹介します。
最高評価は☆×5つ。★は0.5点分です。
夕食にて/1883年
20歳頃の若きムンクによる作品には、印象派の波を経た時代らしく、作風を模索している最中のような印象を受けます。しかし、後のムンクの特徴となる陰鬱さや不安感はすでに表れています。
評価☆☆
病める子/1885年
早くに母と姉を亡くした自身の経験が表れており、ムンクの作風を決定づけたとも言える作品。迫りくる死への恐怖と不安が痛いほど伝わってきます。
評価☆☆☆★
浜辺のインゲル/1889年
ムンクの作風のイメージとはかけ離れた比較的写実的な表現であるものの、肌の質感や浜辺で物憂げに佇む人物の横顔をとらえる構図など、後の作品に通じる要素が見て取れます。
評価☆☆
ラファイエット通り/1891年
パリに留学していた時代に描いた新印象派の点描画の影響を受けたような作品。建物のバルコニーから通りを見下ろすようなユニークな視点がパリの華やかさと繁栄を象徴的に表しています。
評価☆☆★
窓辺のキス/1892年
クリムトにも通じる絡み合いながらキスする男女。これはムンクがその後何度も描くことになるモチーフとなりました。窓からは通りの様子が見え、カーテンに隠れるような配置がエロティックさをより強調しています。
評価☆☆☆
叫び/1893年
モナリザやゲルニカと並んで世界で最も有名な絵画の一つであり、ムンクの代名詞とも言える代表作。抽象化されたモチーフ、大胆な構図、劇的な配色、そのどれもが強烈なインパクトを残し、見れば見るほど言いようのない不安感が沸き上がります。
評価☆☆☆☆
吸血鬼/1893年
絡み合う男女という好みのモチーフを吸血鬼と重ね合わせ、エロティックさの中に女性への畏怖も感じさせる作品。ムンクはこの作品をいくつものパターンで描いていますが、薄暗闇を背景に二人が浮かび上がるように描いたこのバージョンは、観る者を吸い込むような魅力を持っています。
評価☆☆☆
メランコリー/1894年
水辺に佇む物憂げな人物の横顔というムンクお得意のモチーフです。輪郭線が強調されたことで、まるでコラージュのような奇妙な立体感が生まれています。この時期にしては珍しく、具体的な描写で直接的に主題を表しています。
評価☆☆☆★
不安/1894年
「叫び」と同じ構図を引用した兄弟的な関係の連作。今作では橋の上に大勢の人々が魂を失ったかのようにこちらを見つめながら佇んでいます。彼らの表情と黒い湖が観る者に何とも言えない不安と居心地の悪さを与え、その印象深さは「叫び」以上です。
評価☆☆☆☆
絶望/1894年
「叫び」の構図に「メランコリー」の人物を当て込んだような作品。視点の置き場所が高いので人物はより伏し目がちに見え、進む方向の湖の暗さが強調されており、タイトル通りの絶望感が表現されています。
評価☆☆☆★
マドンナ/1894年
エロティックさと不快感。神々しさと禍々しさ。赤と青と白と黒。それら相反する要素が絶妙なバランスで交わり合っています。ムンクが描いた女性像の中でも特に魅力的で、独特の美しさをたたえています。
評価☆☆☆
灰/1895年
それぞれ頭を抱える男女の間には喜びや楽しみは感じられません。背後に広がる森の暗闇が二人の心境と将来を暗示するかのようです。
評価☆☆☆
生命の踊り/1899年
水平な4つの階層の上と計算されたポジションに配置された人々。彼らはまるでそこに切り貼りされたように地に足がついておらず、タイトルとは裏腹に亡霊のような印象を与えます。その表情と仕草からは男女の交わりの喜びと苦しみが感じられます。
評価☆☆★
地獄の自画像/1903年
まるで地獄の業火のような禍々しい赤黒い背景の前に仁王立ちする裸の男。ありのままの姿でも凛々しいその立ち姿は、たとえ地獄にあっても屈することのない芸術家の決意意表明のように感じられます。
評価☆☆★
嫉妬/1907年
絡み合ってキスをする男女をこれまでに何度も描いてきたムンクですが、今作ではそれを背景に置き、居心地悪そうに背中を丸めて座る男をメインに据えています。そこにはかつての作品にあった魂が燃えるような苦悩ではなく、むしろ自らを嘲るようなコミカルさを感じます。
評価☆☆☆
叫び/1910年
ムンクは最大の代表作である「叫び」を異なる画材で何度も描きました。50歳近くなって描いた今作は初期の作風を比較的忠実に再現しながら、緊迫感はやや薄れ、人物には黒目がなくなり風景と同化しています。
評価☆☆☆★
太陽/1910年
大学の壁画として描かれた本作は以前の作風から大きな変化が表れています。地平線から登らんとする朝日とまばゆいばかりの放射線という明るさの象徴のようなモチーフは、名声が確立されているからこそ得られた制作経緯にも関係しているのかもしれません。
評価☆☆
疾駆する馬/1912年
雪道を疾走する馬を真正面から描いたダイナミックな作品。みなぎる生命力はこの時代のムンクの特徴であり、あふれ出る躍動感が荒々しいタッチで写し取られています。
評価☆☆
黄色い丸太/1912年
極端なまでの遠近法とコントラストによって、力強く生命力あふれる自然を描いたムンク後期の代表作。初期の作風を完全に脱却した様子からは作者の心境の変化が伝わってきます。
評価☆☆★
星月夜/1922年
ネイビーの夜空、そして黄色い星と街の灯りはゴッホの名作を彷彿とさせます。初期の作風からは大きな変化を見せ、雪の上に伸びる二つの人影がロマンチックでありながらもどこか後ろめたさや切なさも感じさせます。
評価☆☆☆★
自画像/時計とベッドの間/1940年
晩年のムンクが残したこの自画像には、時の象徴と死の象徴の間に亡霊のように佇む姿が描かれています。そして自らの背後には絵画が飾られており、自身の画家としてのキャリアと終わり行く人生を振り返っているような印象です。
評価☆☆☆
さいごに
いかがでしたか?
生きること死ぬことに不安を覚え、不安から逃れるために愛を求めては不安を増長させる。そんな自身の宿命を芸術で克服したのがムンクだったような気がします。だからこそ、芸術家であることに自覚的だったのかもしれません。
この記事が「叫び」だけではないムンク作品の魅力に触れるきっかけになればうれしいです。
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