人間の根源的欲求を描き出す戦闘的シュールレアリスト ヤン・シュヴァンクマイエル 1/2

映画監督

今回の記事ではチェコの芸術家 ヤン・シュヴァンクマイエルを紹介します。

シュヴァンクマイエルを形容する言葉選びは難しく、映画監督、アニメクリエーターと呼ぶこともできますが、最もしっくりくるのは、シュールレアリストという呼称です。

1934年にプラハで生まれたシュヴァンクマイエルにとって、創作活動は生き様そのものでした。社旗主義真っただ中の国で、生きること、食べること、性欲のこと、政治のこと、そのメッセージの全てを作品の中で表現しました。

1960年代~1980年代にかけて、20本以上の短編映像作品を制作。いずれもとても商業的な成功を見込めるような内容ではないので、どうやって生計を立てていたのか不思議でなりません。フィルモグラフィーの中にはミュージックビデオやCMも含まれているので、それらが生活を支えていたのかもしれません。とはいえ、それらも世間に迎合するような内容ではなく、シュヴァンクマイエルらしさが全開であることに、彼のアーティストとしての気骨を感じます。

1988年に初の長編となる「アリス」を発表。その後は数年に1本のペースで新作長編を発表し、クラウドファンディングで制作にこぎつけた2018年の「蟲」を最後に引退を宣言しています。

彼の作品には「悪夢を見ているような」という表現がぴたりと当てはまります。理性的な思考を排除し、先入観から解き放たれた無意識下での思考による表現、それを目指すことをシュールレアリズムとするならば、私たちにとってそれに一番近い体験は夢です。現実に近いようで、価値観や基準が合理的でなく、どこかずれていて、言いようのない不安と違和感がある。そして意志の力が役に立たず、抗いがたい力によって展開されていく。シュヴァンクマイエル作品が悪夢のようだと言われるのは、そういった点かもしれません。

日本では、不思議でどこか噛み合っていないけれどいたってまじめな雰囲気をシュールと呼んでいることが多い気がします。そのつもりで「シュールなアニメーション作家」だと思って観ると、トラウマを植え付けられること必至です。やはり「シュールレアリスト」と呼ぶのがふさわしいように思います。

ただ、シュヴァンクマイエルのおもしろいところは、がっつりシュールレアリストでありながら「無意識であること」に支配されないていない点であると個人的には思っています。彼の作品は無意識下で思考が飛躍していくような展開を見せながらも、そこに明確な意思の存在を感じさせます。観ていてメッセージがわかりそうでわからない、読み取れそうで読み取れない、明晰夢を見続けているような絶妙なバランス感覚がシュヴァンクマイエル作品の奥深さではないでしょうか。

1回目は状況設定に驚き、2回目は造形に感心し、3回目でなんとなく理解できた気になり、4回目には気分が悪くなり、5回目では中毒になっている。そして意味を読み取ろうとする意識から解放されて、彼の作り出した沼にはまっていくのがシュヴァンクマイエルの正しい楽しみ方かもしれません。



いかがでしたか?
今回の記事では、チェコのシュールレアリスト ヤン・シュヴァンクマイエルについて紹介しました。
次回の記事では、彼の作品の中からおすすめの10本を紹介します。

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