今回の記事では、チェコのシュールレアリスト ヤン・シュヴァンクマイエルのおすすめ作品を10本紹介します。
短編長編分け隔てなく選んでいますが、それぞれの作風には若干違いがあります。主にキャリアの前半に短編、後半に長編を制作していることの影響も大いにあると思いますが、構造上の違いが与えた影響も見て取れます。
短編は尺が短い分、物語を展開させ、回収することが難しいので、状況設定のアイディアとインパクトが肝になります。一方長編では、観客を飽きさせないよう、物語にそれなりの展開や構成が必要になります。
そのため短編は「不条理の世界に迷い込んでしまった」あるいは「不条理の世界を覗き込んでいる」ような印象を与えるのに対し、長編は「現実世界に不条理がやって来た」ようなイメージで、個人的には前者のほうが好みです。
もちろん短編長編、前期後期という分け方だけでなく、ジャンル(実写、クレイアニメ、コラージュなど多様です)で分類してみても面白いと思います。ここでは年代順に10本選抜し、尺を合わせて記載しました。とにかくどの作品にも妥協がなく、シュヴァンクマイエルらしさは50年間変わりませんので、ぜひお気に入りの1本を見つけてみてください。
エトセトラ 1966年/7分
執拗なまでの反復。そこに生まれるリズムは不思議な心地よさと同時に、これが永遠に抜け出せない迷宮であるかのような不安感を生み出しています。この「繰り返し」は後の作品でも何度となく使用されるシュヴァンクマイエルの代名詞的なフォーマットです。毒気が薄く、物足りなさはありますが、最小限の起承転結を成立させており、子供にも見せられる数少ないシュヴァンクマイエル作品です。
評価☆☆☆
庭園 1968年/17分
家の周りを手をつないで囲う人々。賭け事に興じる者、抵抗を試みる者、服従する者、まるで社会の縮図のようです。不気味な雰囲気と意味深な結末は素晴らしいですが、メタファーとしては直接的すぎる気がします。台詞を説明的に使ってしまっているところも、らしくない欠点ですが、初期の代表作として観る価値ありです。
評価☆☆☆
部屋 1968年/13分
何をやっても思い通りにはならず、期待したものは得られない。そしてそれは抗いがたい運命のように自身に降りかかっている。この部屋はまるでプラハの春当時のチェコの社会情勢を反映しているように思える一方で、それは人生そのものであるとも感じられます。終始無表情だった彼が、ラストで名前を記す前に見せた、人間的でありながら機械的な表情はいったい何を示しているのでしょうか。シュールレアリストの真骨頂が見られる、悪夢のような傑作。
評価☆☆☆☆★
家での静かな一週間 1969年/20分
覗き込んだ穴から見る無音の世界は、幻想的でインパクト大です。普段の暮らしを思わせる就寝前のルーティーンをいちいち見せるあたりはとてもコミカルで、この規則的な反復がラストのオチにも効いています。映像だけでなく、ペンを走らせる音、灯りを消す音、目覚まし時計の音などを巧みに使ってリズムを生み出しており、表現の幅の広がりを感じさせる初期の秀作です。
評価☆☆☆☆
対話の可能性 1982年/12分
異質なものには攻撃ならぬ口撃を加え、破壊する。噛み砕いていけば、みんな同質なのに。そんな人と人との間に発生しがちなコミュニケーションの不和を感じる「永遠の対話」。いわゆる愛の結晶が、その愛を破滅させる。男女の間に発生しがちなシチュエーションを思わせる「情熱的な対話」。一つボタンを掛け違えたら、修復は難しく、それはお互いを疲弊させる。誰にでも起こり得るすれ違いをコミカルに描く「不毛な対話」。一つのテーマを3つの異なる角度で切り取ることで、短い時間の中により重層的なメッセージを込めることに成功しています。
評価☆☆☆☆★
男のゲーム 1988年/15分
シュヴァンクマイエル史上最もシンプルで、直接的な表現がされている作品の一つではないでしょうか。サッカーを主題に、代理戦争としての政治的メッセージも匂わせつつ、人体損壊のグロテスクさをコミカルに描いています。基本は同じことの繰り返しにも関わらず、テンポの良さと男の部屋までなだれ込む怒涛の展開で全く飽きさせません。ラストのオチも素晴らしく、珍しく素直におもしろいと言える内容は、シュヴァンクマイエルデビューにも最適です。
評価☆☆☆☆
アリス 1988年/85分
シュヴァンクマイエル初の長編作品は、ルイス・キャロルの「不思議の国のアリス」が原作。シュールレアリズムの源流とも言うべき作品を原作に選ぶあたり、満を持して制作に臨んだのであろうことがうかがえます。これまでの短編で培ってきた悪夢的な映像のコラージュ術、台詞を含めた音の効果的な使い方、かわいらしさと不気味さを合わせ持つビジュアル造形、それらが全て凝縮された集大成的名作。原作を読んだ人ならば、ディズニーよりもはるかに正統な映像化であることが分かるはずです。
評価☆☆☆☆☆
闇・光・闇 1989年/18分
人間の身体ができあがるまでをユーモアたっぷりに描いています。特筆すべきはアソコのシーン。扉を開けてしょんぼりと登場する場面は、シュヴァンクマイエル史上屈指のギャグシーンです。いろんなパーツを手に入れて、完成したと思いきや、それはとても窮屈な結果を引き起こしました。目・鼻・口の並びに、手足は2本ずつ。そんな作りが当たり前と思うこと自体が、既成概念にとらわれているのかもしれません。
評価☆☆☆★
フード 1993年/14分
「食」をテーマに3つのストーリーを描いた、個人的なシュヴァンクマイエル最高傑作です。お互いが飯を食うためのシステム。人間関係をそう端的に表したような「朝食」は、彼の一貫したスタンスを示しているように思えます。繁栄に必要なのは性欲ですが、生存に欠かせないのは食欲です。それを忌み嫌うような不快感を伴う表現は、シュヴァンクマイエル作品の特徴といえます。システムの中で味気なくも均衡を保っていた「食」は、自由を得た「昼食」で、越えてはならないボーダーを超えてしまいます。そして「夕食」のころには、それすら楽しめるようになるのが、人間であり、人が作る社会なのです。
評価☆☆☆☆☆
悦楽共犯者 1996年/87分
愛すべき変態性欲の世界。快楽の源は人それぞれで、それは誰にも知られたくないものです。そして隠すことによって増す背徳感もまた、快感なのかもしれません。男子中学生のように真剣なまなざしと熱い情熱、そして謎の行動力が最高です。隣のあの人も、一枚皮をはげば、きっとこうかもしれない。そしてそれはきっと、ノーマルだと思っている自分自身も。登場人物それぞれが少しずつ関わり合い、時にインスピレーションを与え合うシナリオが、変態たちを身近に感じさせます。
評価☆☆☆☆★
さいごに
いかがでしたか?
2回に渡って、チェコのシュールレアリスト ヤン・シュヴァンクマイエルを紹介してきました。
10本見切ったころには、すっかりシュヴァンクマイエル中毒者になっていること間違いなしです。ぜひ、素晴らしきシュールレアリズムの世界を堪能してください。
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