今回の記事では、イギリスのミュージシャン トム・ヨークを紹介します。
1992年にデビューしたイギリスのバンド RADIOHEAD/レディオヘッド。
そのフロントマンを務めるのがトム・ヨークです。
レディオヘッドは凡百のロックバンドとは一線を画す高い音楽性と先進性で、数千万枚規模のアルバムセールスを誇る世界的な人気を集めています。また、その楽曲だけでなく、プロモーションや販売手法にも自覚的な活動姿勢は、音楽シーンへ大きな影響力を持つバンドとして批評家からも高い評価を得ています。
トムを含めた5人のメンバーは皆、オックスフォードのパブリックスクール時代に出会いました。
後にレディオヘッドのベースを務めることになるコリン・グリーンウッドと、好きなバンドがジョイ・ディビジョンという共通点をきっかけに出会ったトム。その後、長身でルックスの良いエド・オブライエンも誘い、バンドを結成します。
ドラムマシーンが故障したのを機会に、エドが上級生だったフィル・セルウェイをドラマーとして勧誘。さらに、コリンの弟であるジョニー・グリーンウッドを加えた5人編成のバンドOn A Friday/オン・ア・フライデーを結成しました。これがレディオヘッドの原型であり、この5人のメンバーは現在に至るまで不動です。
それぞれが大学進学などでバラバラになる時期をはさみながらも、再び集結し、バンド名をレディオヘッドと改め、レコード会社との契約を勝ち取ったのが1991年のことでした。
翌1992年、バンドはメジャーデビューを果たします。
サウンドは当時ニルヴァーナを筆頭に大流行していたグランジロックの流れをくむものでした。ニルヴァーナからの影響というよりは、ニルヴァーナがそうであったように、80年代にインディーシーンで活躍していたソニック・ユースやピクシーズなど、グランジの源流となったバンドの影響を受けていました。
1993年2月、1stアルバム Pablo Honey/パブロ・ハニーをリリース。その頃には先行シングル Creep/クリープがヒットしており、注目を浴びながらの幸先の良いスタートだったようです。しかし、その後のシングルは今一つパッとせず、クリープだけの一発屋かのような印象を残したことが、後に自身を苦しめることになります。
1995年3月に2ndアルバム The Bends/ザ・ベンズをリリース。
クリープの呪縛から逃れることに苦しめられたトムは、その苦しみをそのまま創作へと昇華します。身の回りの出来事を嘆いていた歌詞は一段高く広い視点を獲得。その後長い付き合いとなるプロデューサーのナイジェル・ゴッドリッチの助けを借り、ギターサウンドを中心としながらも奥行きのある音像を作り上げたのです。ブリティッシュバンドらしい美しいメロディーを備えたグランジロックでしかなかった1stから、ポストグランジの一つの方向性を提示するような飛躍を見せました。
当時のイギリスはブリットポップブーム真っただ中。グランジの暗さに飽き飽きした人たちがブリティッシュロックの復活に沸いていました。そんな中、冷や水を浴びせるようなレディオヘッドの作風は異質であり、だからこそ、その唯一無二なポジションを確立できたのかもしれません。
そして1997年5月、3rdアルバム OK Computer/OK コンピューターをリリース。
後にロック史に残る名盤と呼ばれることになるこの作品は、ナイジェルと共同のセルフプロデュースであり、本人たちにとっても満足のいく仕上がりだったようです。
前作の延長線上にありながらも、その音像の奥行きはより一層の広がりを見せ、取り入れられた電子音やノイズは楽曲の中で完璧な調和を見せています。より厭世的になった歌詞と共に、急速に変化する世紀末の何とも言えない不安感を見事にとらえ、90年代を代表する一枚となりました。
商業的なポップさから離れたにも関わらず、チャート上のアクションは好調で、自身初となる全英一位を獲得。全米チャートでも当時の自身最高位を記録し、世界で数百万枚を売り上げました。レディオヘッドはこの作品で批評家からの高い評価だけでなく、商業的な大成功も手にしたのです。その後フォロワー的なバンドがいくつも現れるなど、後の世代に大きな影響を与えました。
2000年9月には4thアルバム KID A/キッド Aをリリース。
全英全米の両チャートで一位を記録した本作は、レディオヘッド史上最大の問題作にして、シーンに前作以上の衝撃を与えた20世紀最後の傑作となりました。
電子音楽の要素を大胆に取り入れ、従来のロック、そしてポップミュージックの枠組みを超えていこうとした彼らの試みは、賛否両論を巻き起こしました。前作の成功により、世界で最も影響力のあるロックバンドとなり、注目を集めていたタイミングでレディオヘッドが見せた急旋回が物議を醸したのです。
当時トムが発した「ロックなんて退屈なゴミ音楽だ」という言葉からは、ロックを否定することでそれを前進させようとした気概を感じます。ロックバンドという枠に彼らをはめ込んで批評する評論家や、ヒット曲のパート2を求めるリスナーに対する挑戦だったとも言えるでしょう。
キッド Aの衝撃冷めやらぬ2001年5月、5th アルバムのamnesiac/アムニージアックをリリース。
キッド Aと同時期にレコーディングされたこの作品は、さながらコインの裏表のような関係です。よりフィジカルな雰囲気をまとったアムニージアックは、リリースこそ後発ですが、3rdからのレディオヘッドの音楽的変遷を明らかにしてくれます。
2003年6月、意外にも短いスパンで6thアルバム Hail to the Theif/ヘイル・トゥ・ザ・シーフはリリースされました。
ロック的なフィーリングを取り戻しつつ、音楽的な試行錯誤を重ねてきたからこそのバラエティ豊かな作品です。これまでは内省的な歌詞が大半でしたが、今作では政治や環境に関する歌詞が書かれ、久しぶりにトムの感情的なボーカルを聞くことができます。かつては身の回りの出来事を嘆き、あきらめ、突き放して達観していたトムは、ついにささやくことを止め、叫び始めたのです。
2006年7月、トムは初のソロアルバムであるThe Eraser/ジ・イレイザーをリリース。
キッド A以上にバンドサウンドから離れたエレクトロニックな仕上がりで、ソロならではの自由な音づくりはトム個人の嗜好を感じさせるものでした。トムはその後も断続的にソロワークを行い、2013年2月にはナイジェルやレッド・ホット・チリ・ペッパーズのベーシストであるフリーらとバンド Atoms for Peace/アトムズ・フォー・ピースとしてアルバムをリリースしました。
2007年10月、レディオヘッドはまたしても世界を驚かせます。7thアルバム In Rainbows/イン・レインボウズのリリースを突如発表。価格は買い手が自由に決める方式を採り、音楽の価値が一律であることへの疑問を投げかけました。音楽の購入手法がデジタルへと移り行き、1曲単位でも購入が可能になり、動画サイトで簡単に視聴できるようになった時代に、ミュージシャンとしてどんな価値を創出できるのか、自身と世界への問いかけだったのかもしれません。
驚きを与えた販売手法に対し、作品自体の内容はリリース当初から好意的に受け入れられました。ギター中心の激しいロックからアコースティックな響きまで、そしてエレクトロニックでダンサブルなナンバーからピアノ中心の弾き語りまで、キャリアを総括するような楽曲群でありながら、やや詰め込みすぎだった前作よりもタイトにまとめられており、とても密度の濃い傑作です。
2011年2月、またしても突如届けられた8thアルバム The King of Limbs/ザ・キング・オブ・リムズは8曲で37分とこれまででもっともコンパクトな作品でした。
エレクトロニックで内省的だけれども、陰鬱で無機質ではなく、美しくささやかな楽曲が並びます。まるでトムのソロワークをバンドとしてどう肉付けしていけるのか、模索しているようで、レディオヘッドとしての第2章が始まったような印象を受けました。
2016年5月には9thアルバム A Moon Shaped Pool/ア・ムーン・シェイプト・プールをリリース。
前作の延長線上にありながらも、ストリングスやアコースティックギターが目立つより肉体的なサウンドに仕上がっています。映画音楽のような印象を受けるのは、近年トムとジョニーがそれぞれソロとして映画のサントラを手掛けていることも影響しているのかもしれません。MVもそれに呼応するかのように、ショートムービーのような内容でした。
トムを始め、レディオヘッドのメンバーのほとんどは50代に入りました。バンドとしてのリリースは間隔が開いてきていますが、ソロでの活動を含めると非常に精力的に活動をし続けています。
伸びた髪とひげで、内面のみならず外見までも仙人のようになってきたトム・ヨークがこれから先もどんな驚きを届けてくれるのか、楽しみでなりません。
次回の記事では、レディオヘッドを中心に、トムのおすすめアルバムをピックアップしてレビューーしていきます。
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